住民投票、国民投票は民主主義の基本?それとも単なる責任放棄・責任転嫁?

2016年6月24日、イギリス国民がEUからの離脱を選択したことによって、たった一日で世界中から3.3兆ドル≒330兆円の富が消えたという。その後の混乱を見れば、「オウンゴール」と表現されるようにイギリスという国は何とつまらないことをしてしまったのかと思えてしまう。
webニュースを見れば「16、7歳の若者が、何故90歳の人に自分達の将来を決められなければならないのか、という不満、怒りが渦巻いている」「離脱に投票したが、まさか本当に離脱するとは思わなかった」「離脱に投票したが、こんな事態になるとは考えなかった。こんなことになるのなら離脱に投票しなかったのに…。」「後になって離脱推進派の言っていたことが事実と違っていた」…..等々、次から次へと不満、怒り、戸惑いが出てきている。
ポンドの暴落、株式の暴落、投票のやり直し要求やスコットランド独立の住民投票、EU離脱を煽っていた人達の離脱、…等々、軽い気持ち、その場の雰囲気で投票した人達が戸惑い、焦っているのも分からないでもないが、改めて民主主義というもの恐さが見えたような気がする。

投票状況についての分析結果が出てくると、規模や全世界に対する影響度合いなど桁違いではあるが、大阪都構想の住民投票とどこか構造が似ている。
年齢別の投票結果を見ると新しい取り組みに賛成するのが若い年齢層であるのに対し、保守的、過去への回帰を望むのが高齢者に多く見られる。
教育レベルや職業・収入などによる投票行動に関するの分析結果も同様に出ているが、いずれにせよ、国の将来に関する意思決定を住民・国民に委ねたことは、最も民主的な選択だったのか、単に政治家が責任放棄・責任転嫁しただけだったのか、分からなくなってくる。

自らの責任において投票した人が、歴史的に大きな犠牲を払うだけならよいのかもしれないが、巻き添えを食った形の人達はたまったものではない、ということだろう。
このようなことは、今後も起こる可能性があるから、そのメカニズム・論理が整理されないと、何度でも同じ過ちが繰り返されることになる。
意思決定にかかわる要素をどのように設定、表現し、どのように判断するべきなのか、シミュレーションを含め、メリット/デメリット/リスクなどを整理するような機関が必要なのかもしれない。

今回のイギリスのようにインプットされる情報が間違っていれば、判断も変わるし、情報を処理するプログラム、メカニズムが違えは、アウトプットされる内容も大きく変わる。
テレビのニュースの中で何回も繰り返し言われていたことが、「離脱に賛成した人はEUというよりも現在の状況を否定した人達」という表現であった。
現状を回避できることとEU離脱を結びつけたのは、意図してそのように仕向けた人がいたからだろうが、冷静に考えれば必ずしも、その二つがイコールで結ばれるとは思えない。

一方、大阪都構想は、完ぺきとは思えないが、2010年~2040年までの30年間に、日本で最も多くの人口が減少するのが大阪府と推計されていることを知っている人がいったいどのくらいいたのか、はなはだ疑問である。
既に大阪府は人口減少が始まっているが、推計値では2010年886.5万人から2040年には745.4万人まで約140万人(47都道府県の中堅規模の県の人口に相当)の人口が減少するとされている。市区町村別に見れば、また見え方が変わるが、一つ言えることはすでに現状の市区町村の形、自治体の仕組みを維持することは難しくなっているということである。

随分前に「道州制」の議論がなされたことがあるが、今回の大阪都構想も近い将来の国を維持する新しい試みとして期待すべきものがあったはずである。単純なYES/NOという結論の出し方ではなく、もっと議論を重ね、よりよい形に修正することを望んでいた人達も少なからずいたはずである。少なくとも政府はそのように見ていたように思う。
いずれにせよ、反対した人達がわずかに上回ったことで、この話がたち切れになってしまった。

問題は、この結果に対して誰も責任を取らないことである。イギリスのEU離脱も全く同じ構造である。EU離脱を煽っていた人達は、結果を見て、誰も責任を取らず、さっさと逃げ出してしまった。(一部は次の政権に指名されたが…)
大阪府のその後談の詳細は分からないが、現在の行政の仕組みを根底からつくり直すエネルギーを考えれば、千載一遇のチャンスを失ってしまったということだろう。強力なリーダーと多少の強引さがないと、このような状況は変わらない。
見えない不安が現状維持を選択させる。実は、どちらにもリスクはあるのだが、現状は見えるが、結果が見えない変化には不安が残る。不安を煽るのは簡単だが、リスクを科学的、現実的に解消するには多くのエネルギーが必要になる。

これらの状況を見ると、住民投票、国民投票、…民主主義の最も基本的な形が必ずしも最善の策を選択するわけではないのだろう。いずれ何年か後にその結果が確認できる。
特に大阪の場合は、いろいろな意味(国内の他の自治体に対する影響を含め)で手遅れにならなければよいのだが….。

現在は、みんなの目が東京都、2020年東京オリンピックに向いているから目立たないが、人口減少・高齢化は8割を超える市区町村で確実に進んでおり、年齢構成の変化は特にこの10年が極端である。
宴の後が心配である。

 

 

 

 

 

 

 

総合スーパー(GMS)大量閉店の後、特に衣料品をどうするのか?

久しぶりに総合スーパー(GMS)の大型店、特に衣料品をゆっくり見た。大量閉店の話も具体的になっているが、全ての店舗をなくすわけではないから、残る店舗は何らかの形で生き残れるような仕組みを確立する必要がある。
売場を見て残念なのは、主体性のなさや妥協の産物のような商品、売場づくりが至る所に見られることである。
ユニクロが先行するヒートテック、ウルトラライトダウン、暖かパンツ、….。いっそのことユニクロから商品提供を受けた方が早いのでは….と思えるようなピット商品のコピーからは大手企業のプライドは感じられない。
補充が間に合わないのか、発注の手間を省いているのか、3000~4000円代のネクタイも全く同じ色柄の商品が4~5本一緒に陳列されている。価格に関係なく、たくさん商品を積み込み、商品整理もできていないから、1,000円以下の特価かプロパー商品かの違いも、ちょっと見ただけでは分からない。
昔、高額商品は、商品密度を低くしてディスプレーし、価格表示も小さくする。一方、低価格商品は密度高くボリューム陳列して、価格表示も大きくすると習ったものだが、ファッション商品、実用商品、GMSが扱う商品の中でも高価格帯の商品、特価品、…すべて扱いは同じなのだろう。
大量閉店した後の残った店舗に何らかのビジョンがあるのであれば、戦線縮小も意味があるかもしれないが、このままいくと、第1次大量閉店の後に第2次、第3次、..と続くような気がしてならない。
少なくとも、たくさんのアイテムを、大量に作って、価格で強引に販売するという時代ではなくなっていることを考えれば、全く異なるビジネスモデルへ転換することを考えるべきだろう。
しかも、どんなに大型の総合スーパー(GMS)を作っても、昔と違って食品の商圏よりも広い商圏を衣料品、住関連商品など非食品で確保することは難しくなっている。逆に生鮮食品や特徴的なレストランを強化した方が商圏が広がることも考えられるから、昔の感覚で商品のポジションを考えていたのでは、いつまで経っても答えは見つからないだろう。
すでに20年も前から総合スーパー(GMS)の中心は衣料品ではなく、食品に移っている。社員のモチベーションも稼ぎ頭の主役からお荷物部門へと変わっていれば、再生はさらに難しくなる。
経営は、救世主を待つのではなく、明確なビジョンを示すべきだろう。少なくとも何十年もかけて今の状況が出来上がったことを考えれば、再生が一朝一夕にはいかないことは分かっている。そのような前提で取り組むテーマであれば、既存の経営での対応は難しい。全く別の感覚を持ち合わせたクリエイターに任せるなど、思い切った対応が必要だろう。
たとえば、CCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社)が、現在の店舗網、システム、ビジネスモデルを活用して、アパレルのシェアビジネスをフランチャイズ展開したら、従来アパレル業界が発想しなかったようなさまざまな手法を展開するだろう。かつてメーカーから新発売されるDVDをまとめて安く提供してもらい、消費者ニーズの高いホットなうちにレンタルの稼働率を確保した方法は、多くのファッションアパレルのシェアビジネスに応用できる有効な手法である。メーカーは一定の生産量を確保でき、一定の収益を確保した後に中古流通、海外に販売するような仕組みを確立すれば、いまの固定的なアパレル流通は崩壊する。視点を変えれば、形を変えて生き返ることも可能になる。
Tポイントカードを活用したビッグデータの強みは、商品開発、生産、在庫コントロールなどに幅広く活用でき、従来のアパレルとは比べものにならない精度を実現するだろう。
シェアビジネスに切り替えることで、ファッションアパレルを着こなすコストは著しく低下し、利用者=マーケットのすそ野を大きく広げる可能性もある。
Advanced Style(http://www.advanced.style/)の日本版が実現するかも知れない。
「高齢者に化粧をしよう」という運動もあるようだが、化粧をし、綺麗にすることはいろいろな意味で若返りにつながるという。着るものを含めて、もっとトータルな運動になれば、高齢化社会にマーケットが活性化する可能性はある。

ポイントは、すでに「必需品ではない、余剰の商品(タンスの中に衣料品は溢れ、中古流通にも多くの商品が溢れている)」を販売しようとしている点にある。
不要なモノを買うには、「買う理由」が必要になるし、動機づけが必要になる。
オシャレを一つのカルチャーとして定着し、高齢者でもオシャレをして出かける場所・機会をつくれば、多くのモノ・コトが変わる。
衣料品という「物」を売りたいのであれば、買う理由から創っていく必要があるが、長年、物売りしかやってこなかった人にはそれができない。
クリエイターであれば、即物的に物を売りつけようとせず、着ていく場所・機会という「ファッションアパレルを着てオシャレする『場』創り」からスタートするだろう。
巨大な物売りの箱物をクリエイティブな「場」に転換できるか否かが総合スーパー(GMS)再生のポイントになるのではないだろうか。

 

大学定員増で、ますます東京一極集中が進む

文部科学省は6月28日、「平成29年度からの私立大学等の収容定員の増加に係る学則変更予定一覧」を公表した。認可申請に伴う増減は、合計44大学で7,354人増。近畿大学920人、立教大学454人、東京理科大学325人、青山学院大学318人など、東京が2500人以上増加、2番目に多い大阪が1100人増。3番目が愛知というように三大都市圏に定員増が集中する。
東京一極集中が言われ、しかもそれがあたかも悪いことのように盛んに言われたこともあったが、一方では東京に人口が集まるような施策が盛んに行われている。特に若者を東京に集めるという点では、大学の定員増は非常に大きな施策と言ってよいだろう。
片方で地方から若者が東京に出ていってしまうのが問題だと言い、もう片方では若者が東京に出ていく、あるいは東京に出てこざるを得ない理由をつくる。
他にも、羽田の国際線増便、鉄道の延線や乗り入れ、道路の整備など、様々な形で交通アクセスの改善が行われているし、1棟当たり300~500世帯、中には800~1000世帯という超高層マンションの開発など、人が集まる環境が着々と整っている。
一方で地方の山、水源、自衛隊基地周辺の土地などが外国資本に変われるという安全上の問題も指摘されているが、明確な方向性は示されていない

ハッキリしていることは、2015年の国勢調査結果(2010年~2015年の5年間の1年平均)よりも住民基本台帳から見た2015年1年間の東京都の人口増加の方がはるかに増えていることである。
2010年~2015年の5年間で東京都35.6万人増(うち特別区32.7万人増)であったものが、2015年1年間で東京都11.8万人増(うち特別区10.3万人増)、5年間に換算すると東京都約60万人、特別区約50万人にもなる。まして2020年東京オリンピックに向けてさらに人口集中が進むと考えられるし、若い人達が多いIT系ベンチャー企業もその数を増している。そこへ大学の定員増まで加わればさらに人口集中は加速する。
地震などの災害を考えれば、人口集中に十分な対応ができるとは思わないが、非常事態がなければ、さらに多くの人が集中できるキャパシティ、インフラは持ち合わせている。
問題は、現在の過疎地域よりも、人口が中途半端に多い地方都市が急激な人口減少に対して、どう対処するか、できるかだろう。1000人が800人になるよりは、50万人が40万人、40万人が30万人、20万人が15万人になる衝撃の方がはるかに大きい。

 

 

 

次世代型アパレル流通へビジネスモデルをシフトしよう!


様々なマクロデータを分析してみると、マーケットの変化から、各種商業施設が今後どのような状況になるのか、おおよその見当はつく。
港北ニュータウンの人口推計など、別項で具体的なデータを挙げて解説しているが、現在のビジネスモデルのままでは、人口減少・高齢化という最も重要なマーケットの変化に多くの商業施設が対応することが難しくなるだろう。大量閉店が発表された総合スーパーと似た構造にあるショッピングセンターは、いずれ同じような状況に陥ることは容易に想像がつく。しかもシェアリング・エコノミーなど、デジタル化の急速な進展が消費のあり方、ビジネスモデル=産業の在り方を根底から変えていけば、なおさらである。

ポイントはいくつかある。
一つは物理的な商圏概念だけでは成り立たなくなった商品流通構造である。多くのケースで商圏は道路や競合店などを参考に半径◯kmというようにして設定される。商圏内の世帯数、人口、年齢構成、産業別就業人口などからおおよその売上可能な数値をはじき出す。しかし、出店に当たって将来の推計人口、マーケットの変化などネガティヴな要素はあまり考えない。考えれば出店できなくなるというのが本当のところかもしれないが、撤退を想定して出店することはほぼないから、将来のマイナス要因よりもプラス要因を中心に考える。広域商圏を前提とする商業施設と足元商圏を前提とする商業施設で条件は異なるが、特に足元商圏の誤算は日常的にベースとなる売上に直接影響する。

もう一つは現在の小売業が抱える「損益分岐点が高く、経費が固定費的に発生する」という経費・利益構造、そして日本という国全体の高齢化に伴う消費構造の変化である。
特に都市部では広域型の大型ショッピングセンターが多いため、テナントもアパレル中心のテナント構成になっている。しかも日経ビジネス2016年10月3日号に「買いたい服がない」と特集されたようにマーケットに業界(構造)がついていけていない。さらにどのショッピングセンターもテナント構成は似通っているから、差別化を図ることは難しい。また、インターネット通販を強化している商品ラインとも被るから、対象年齢層の人口が減少しているにもかかわらず、競争はより激化する。
マクロデータからは、高齢化によって衣料品の消費支出が半減することが分かっている。さらに高齢化によってクルマという移動手段を失えば広域型ショッピングセンターの集客力は確実に低下する。

シェアリングエコノミーなど消費概念の変化は販売以外のチャネルの多様化を促す。すでに店に在庫を持って販売するだけが商品供給の手段ではなくなっている。物の充足によるソリューションから機能充足、状況改善のソリューションへと大きく変化していることは重要なポイントである。
このようなマーケット構造の大きな変化に対して、商品を供給するメーカー、卸、小売、全ての段階で対応ができているとは思えない。
場合によっては、TUTAYAや蔦屋書店を経営するCCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社)が、現在の店舗網、システム、ビジネスモデルを活用して、アパレルのシェアビジネスをフランチャイズ展開したら、いまのアパレル小売は消滅してしまうかもしれない。
コンビニエンスストアを見れば分かるが、一つのシステムを構築したことは、一つの業態の物販店舗網を構築したのとは全く意味が違う。システムには、物販を含む様々なサービスを提供する柔軟性と汎用性がある。システムは様々な商品・サービス、ビジネスを載せることができるプラットフォームである。それに対し、固定的な商品を、固定店舗で販売する小売業には、店舗/立地/商圏、商品在庫、販売方法などの組合せが固定化されており、変化に対応できる柔軟性は持ち合わせていない。
CCCが、メーカーから新発売されるDVDをまとめて提供してもらい、消費者ニーズの高いホットなうちにレンタルの稼働率を確保した方法(商品代金ではなくレンタルによって得た収益を分配)は、多くのファッションアパレルのシェアビジネスに応用できる有効な手法である。メーカーは一定量の生産を確保でき、一定の収益を確保した後に中古流通、海外に販売するような仕組みを確立すれば、いまの固定的なアパレル流通は崩壊する(領域は限られる)。ただし、視点を変え、上手く活用すれば、いまの流通形態も形を変えて生き返ることが可能になる。
Tポイントカードを活用したビッグデータの強みは、商品開発、生産、在庫コントロールなどに幅広く活用でき、従来のアパレルとは比べものにならない精度を実現するだろう。(理屈通り上手く活用すればという条件付きだが、、、)

 

 

 

 

ねむの木学園 カニの絵の話


BS1スペシャル「歓びの絵 ねむの木学園48年の軌跡」という番組を見る機会があった。宮城まり子氏の長年に渡る取組みがこのような形で紹介されることは大きな意味があるだろう。

「だめな子なんかひとりもいない」という学園長宮城まり子氏の考えに基づき、絵画・国語・工芸・音楽・茶道など感性と感受性を大切にすることで集中力を養う教育(集中感覚教育)を行なっている。これらの成果はパリ市立近代美術館での美術展やコーラスとダンスにおける芸術祭賞の受賞などに結びついているという。

気になったのは次のような話である。以前は町の公立学校の分教場が設置され、先生が教えに来ていたという。その際、子供が書いたカニの絵に先生が足を書き足し、波を書き加えたという。子供は自分の絵が直されたことで、これは自分の絵ではないと絵全体を大きなバツで消してしまった。

その絵はそのまま残っている。全ての象徴がこの絵なのだろう。あらゆるものを既成概念の中に押し込めることが教育だと思っている教師、教育体制はいずれ日本を滅ぼすことになるだろう。特に子供がまだ小さい義務教育の内に創造性の芽、ポジティブな姿勢を潰してしまうことは、非常に危険な行為と言わざるを得ない。

デジタルの発展が著しく、人口知能に人間が取って代わられるリスクが盛んに議論されている時代に、相変わらず「教育」の現場では本質が変われないのだろうか。
このような体制が子供の可能性を蝕んでいくことは、将来の日本の可能性をつぶしてしまうことにつながる。

盛んに 報道される教師の不祥事、早稲田、東大、慶應と続いた有名大学の不祥事をどう理解し、どう総括すればよいのだろうか。成績優秀の基準は何だったのだろうか。「成績」とは何で、「優秀」とはどんなことだったのだろうか。

「義務教育を拒否する権利」を提唱しているが、ブラックボックス化したムラ社会を解体しない限り、社会常識から掛け離れた世界が暴走し、気がついた時には取り返しがつかないといった状況になりかねない。
手遅れにならない内に解体しなければならない巨大な化け物が存在していることをハッキリと認識しておく必要がある。

◆3月21日 宮城まり子氏がお亡くなりになられたというニュースがながれました。
謹んでご冥福をお祈りいたします。

 

 

 

 

10年後 小売業はどうなるのか 、 というよりはどうするのか?

◆10年後の小売業はどうなるのか 、 と考えるよりは、どうするのかを考えるべきだろう。
2025年推計人口は1億2000万人、2008-2010年のピーク時より800万人減少する。
リスク要因は、いろいろある。
人口減少、高齢化、単独世帯の増加、生産年齢人口の減少、少子化、地方の過疎化、東京への一極集中、2020年東京オリンピック後に訪れる反動、….等々。
数え上げればキリがないが、直接消費に結びつくと考えられることは、経済と人口問題だろう。特に人口問題は、GDPの6割を占める消費と直接関係するから、人口問題を無視しては考えられない。
平成25年(2013年)の年間商品販売額は127兆8949億円、自動車14兆8921億円、燃料13兆2144億円を除くいた99兆7884億円が一般的な小売店での販売額と見てよいだろう。
同年10月1日現在の人口が1億2729万8千人、うち日本人1億2570万4千人である。日本の人口は外国人の増加によって減り方が少なく見えている。

総人口をベースにして、仮に1人当たり年間商品販売額が現在と同じと考えると、人口▲5.73%は年間商品販売額の5兆7221億円に相当する。
実際には、これに年齢や世帯構成の変化が加わるから、マイナスはさらに大きくなると考えるべきである。
過去の家計調査を見ると、世帯主が50歳台から60歳台、70歳以上と10歳上がるごとに1か月の消費支出は約5万円減少するから年間に直すと約60万円の減少となる。
また、2人以上世帯と単独世帯の差は1か月あたり12~13万円であるから年間150万円前後減少する。
2015年~2025年の変化を見ると、50歳台+250万人、60歳台▲350万人、70歳以上+530万人である。
一方、2015年~2025年の世帯構成変化は、総数としては5290万世帯から5240万世帯と大きく変わらないが、年齢別でみると、49歳以下が▲310万世帯、60~74歳で▲210万世帯、50~59歳が+170万世帯、75歳以上が+305万世帯、単独世帯は総数で100万世帯増加だが、44歳以下では▲95万世帯、50~59歳が+90万世帯、60~74歳で▲10万世帯、75歳以上が+130万世帯、同様に2人以上世帯は総数では▲45万世帯、49歳以下が▲180万世帯、60~74歳で▲140万世帯であるのに対し、50~59歳が+110万世帯、75歳以上が+170万世帯となっている。
49歳以下の世帯が減るのは少子化の影響、50歳代が増えるのは団塊ジュニア、60~74歳が減り、75歳以上が増えるのは団塊の世代が高齢化するためであり、増加する50~59歳、75歳以上世帯での単独世帯の増加が目立つ。また、高齢の単独世帯は圧倒的に女性が多いことも特徴の一つであるが、男性の単独世帯よりも消費支出は少ない。
家計支出の変化を単純計算で求めるのは難しいが、このような年齢構成、世帯構成の変化がいろいろな意味で消費に影響を与えることは確かだろうう。

◆また、東京をはじめとした都市部への人口集中と、人口集中後の急激な高齢化という現象も消費を考える上での重要なポイントである。
すでに平成27年国勢調査(全国▲94.7万人)では、東京都(+35.4万人うち特別区+32.7万人)に人口が多く集中していることが明らかになっている。ただし、それはあくまでも5年間の数字であり、平成28年1月1日住民基本台帳の値では1年間(平成27年1月1日~12月31日)に東京都+11.8万人(うち特別区+10.3万人)も増えている。社会増が東京都+11.44万人(うち特別区+9.7万人)と増加のほとんどを占めているが、増加が多いことから自然増も東京都0.33万人(うち特別区+0.63万人)とプラスに転じている。5年間に直せば50~60万人の増加であり、ほぼ鳥取県(57.9万人)に相当する人口が増えることになる。千葉県、埼玉県、神奈川県も平成28年住民基本台帳では1~2万人増加しているが、自然減を社会増で補ってのプラスであり、人口増加は頭打ちになっている。
問題は、人口が増加した後の急激な高齢化が地域にどのように影響を及ぼすかである。
数多くのショッピングセンターが林立する港北ニュータウンがある横浜市都筑区は、2040年65歳以上人口指数(2010年=100)は274.3、同75歳以上指数は321.3で全国でもトップクラスである。都筑区に隣接する青葉区65歳以上指数230.7,75歳以上指数308.6、同港北区65歳以上指数203.6、237.7。話題の武蔵小杉がある川崎市中原区65歳以上指数202.9、75歳以上指数199.9。千葉ニュータウンがある印西市65歳以上指数207.1、75歳以上指数266.0、白井市65歳以上指数184.1、75歳以上指数279.1、ディズニーランドがある浦安市65歳以上指数212.5、75歳以上指数280.2、….。
東京周辺のベッドタウンとして発展している都市は、ほぼ同じような状況にあり、若い人が移住した後で一気に高齢化する。特別区の人口増加はこれらのニュータウンよりも遅れて始まっているから、急激な高齢化も遅れてやってくる。
街の発展とともに多くの商業施設ができているが、「宴の後」をどうするのか、重要な意思決定をしなければならない時が必ず来ることは、過去のニュータウンを見れば明らかである。

◆人口減少、高齢化に小売業はどう対処するのか
チェーンストアは別項CGP(チェーンストア・グローイング・パラドックス)のような構造的特性を持つ。成長・拡大期には非常に有効な経営形態であるが、停滞期、低迷期に有効な対処法は全く持ち合わせていない。
人口が減少し、高齢化した時に現在と同じ消費額=年間商品販売額を維持できるとは思えない。可能性があるのは、成長するマーケットを求めて海外に出ていくこと、他社から市場を奪いとることで売上を維持、成長させるしかない。奪い取る市場は、小売に限らず、製造・生産、物流、サービスなど業種業態に関わらず全ての可能性のあるマーケットが対象となる。その時には事業定義が小売から全く違うものへと様変わりする必要がある。
特にシェアリング・エコノミーのような経済形態が一般的になれば、商品は売るものではなく、使用する権利を提供するように変わるから、物販のマーケットはサービスに取って代わられる。
アパレルもエアークローゼットなど様々なビジネスモデルが生まれているから、いつまでも物を売ることにこだわっていると自ら限界をつくって身動きが取れなくなる。
CCC(カルチャー・コンビニエンス・クラブ)がメーカーから大量にDVDの提供を受け、消費者ニーズの高いホットな時期に稼働率を高めてチャンスロスをなくしたようなビジネスモデル(後に収益を分配)はファッションアパレルでも有効になる。そうなると、売るよりはホットな期間に集中してシェアし、あとは中古市場で再度価値を生むような形ができあがる。結婚式のウエディングドレス、パーティ用ドレス、周辺の服飾雑貨、ブランド商品などのマーケット同様、ファッション性の高い商品、幼稚園、学校の制服マーケットなども流通経路を変えるようになるだろう。
短期、中期、長期で対応が変わる、日常か、非日常かでも対応は変わる。
アキッパのように自宅の駐車場やちょっとした空きスペースの時間貸しが有効となれば、ビジネスになるバリエーションは我々の周りに無限にある。
新しいビジネスが「隙間」「空き時間」などであることを考えれば、実店舗を構えて現品在庫を抱える小売ビジネスのどの商品分野、ビジネスモデルのどの部分に限界が来るのか、シミュレーションしてみれば、ある程度想定はつく。
Web上でSNSを介したコミュニティが形成され、特定の感性、価値観、志向の人達が集まれば、志向性の強い商品・サービスのマーケットは閉鎖空間の中で完結しブラックボックス化する可能性が高い。
大量生産、大量販売の形で実店舗に残る商品は利益の薄い商品しか残らないだろうから、損益分岐点の競争になる。いずれ自社以外のすべてを駆逐するまでは勝者なしの疲弊戦になるのだろう。
そうならないためにも、早く事業定義を変えて現品販売、物販のみの小売から衣替えすることである。ボーダレスという言葉が言われて久しいが、スキマを狙うか、スキマを漏らすことなく全てを埋めるかどちらかである。物からサービス化へ向かっていることは確かだから大きな潮流を前提に考えるか、他人の逆へ向かうか、いずれにせよ戦略的に対応することが求められる。マーケティング戦略と洞察力が重要な意味を持つようになっている。

相乗積と交叉比率

「相乗積は?」と訊くと「荒利率×売上構成比」という答えが返ってくる。「意味は?」と訊くと「???」とほとんどの人が理解していない。算数と同じで公式だけを丸暗記する教育の弊害である。クエスチョニング思考であれば、まず「荒利率×売上構成比」という式を絵に描いてみる、あるいは式を展開する。
例えばA商品、B商品、C商品という3つの商品があるとする。A商品の相乗積は(A荒利率=A荒利高÷A売上高)×(A売上構成比=A売上高÷売上高合計)であるから、分母と分子にあるA売上高が消えて、残るのはA粗利高÷売上高合計、つまりA商品が稼ぎ出す粗利高が売上合計に占める割合=全体に対する利益の貢献度合いということになる。
公式を覚えただけでは忘れてしまえばそれで終わるが、図表「相乗積の意味」に示すように絵を描いてみれば、やっていることがA商品、B商品、C商品のそれぞれについて荒利高を計算して足しているだけということが理解できる。意味が解れば例え公式を忘れても導くことができる。
交叉比率も全く同じようにして「荒利率×商品回転率」という式を展開すれば(荒利高÷売上高)×(売上高÷在庫高)となって、分子と分母にある売上高が消えるから、荒利高÷在庫高(投資と見る)となり、投資した在庫の何倍の荒利高を稼ぎ出しているかを求めていることが分かる。ちなみに商品回転率は在庫高(投資と見る)の何倍の売上高を上げているかである。
単に式を覚えただけでは、テスト問題は解けるかもしれないが、忘れてしまえばそれまでである。まして意味が理解できていなければ、使いこなすことなどできはしない。
どうせ同じ時間をかけるのであれば、実のあることをする方がよいに決まっている。
「クエスチョニングのすすめである」

★参考 相乗積と交叉比率を使いこなす

粗利率以外の相乗積計算

Excelで相乗積のシミュレーション

総合スーパー(GMS)がなくなる⁇⁇

7&iの中期経営計画の発表で、イトーヨーカ堂GMSの大量閉店が具体的な話として見えてきた。立地によっては不動産という価値を活かし、マンション、クリニック、⽼⼈ホーム、託児所などに食品スーパーなどを組み合わせたSCの形で再開発していくという。不動産としての再開発が言われるようになったということは、やっとGMSの呪縛から解き放たれたということだろう。もっともGMSという業態にこだわっていた企業だけに業界の歴史にとっても大きな決断ということになるだろう。
ただし、物販、オムニ7に拘っている限り、抜本的な変革は難しいと考えるべきである。
時代はシェアリングエコノミーなど、物の所有・充足の時代から状況の充足、様々な商品・サービスを使いこなしQOLを高める機能・サービスの時代に変わっている。購入=所有という感覚はなくなっている。いつまでも物売りに拘っていては抜本的な改革はできない。おそらくコンビニエンスストアについても、利便性を提供するサービス業(サービスに物販がついてくる)ではなく、物販業という解釈をしているのではないだろうか。やることは同じでも解釈、意味が違えば本質は全く異なる。新生7&iのカリスマとの違いなのかも知れないが、どこか物足りなく感じるのは、多くのマスコミが指摘している通りだろう。
とりあえず、このような意思決定ができるのなら、これまでの20年間は一体何だったのかという感じがしないでもないが、この20年の経験、教訓を生かすも殺すも全てはこの後の取組みにかかっている。

ある意味、GMS時代の終焉と言えないでもないが、よく周りを見てみると昔のGMSのような衣食住を揃えた店舗は必ずしもなくなってはいない。基本は食品だが、それに日用雑貨、軽衣料を合わせたコモディティ型の店は存在している。ポイントは、損益分岐点、商圏規模、取扱商品のバランスなどだろう。
初期の頃のGMSと同じような規模、商圏、ポジションなら損益分岐点も高くないし、多少の在庫も負担にはならない。大型化したGMSのようなリスクはなく、出店可能な立地も多い。日本型GMSはいつの間にかどんどん大きくなり、広域商圏でないと成り立たなくなったが、もともとは、もっと小さな商圏でも成り立つ業態であったはずである。大型化に向かう一つの重要な要因が競争力の強化であったが、現在は大きいことが必ずしも競争力には結びつかない。
GMSをどう定義するかは解釈によって様々だが、ちょっと見方を変えれば、新しいGMS業態が生まれる条件が揃ったのかも知れない。

◆歴史をみれば多くの業態が巨大化から適正規模への回帰を示している
歴史を紐解けば、いろいろなことが見えてくる。
もともとGMSといっても大きな店などはなく、駅前に3~7,8階の多層階店舗として成り立っていた店が多かった。駐車場も満足にないような駅前立地の店舗である。個人商店以外にない時代であるから、衣食住が一ヶ所で揃うワンストップショッピングが可能なGMSは現在のコンビニエンスストアのように、とても便利な店というポジションで消費者に支持されていた。
大型化したのは、モータリゼーションで郊外のロードサイドに出店立地が移ってからであるが、バブル時代には駅前再開発などによって駅前にも大型のミニ百貨店化したGMSが数多く開店した。特に地方都市中心に、いわゆる百貨店の代わりのようなポジションでの出店が目立った。ここまでがGMSのピークと言ってよいだろう。
面白いのは他の業態もみな大型化していったが、主要業態で大型化したまま残っている業態は限られている。
例えば、1500坪ないとSSMではないと言われたスーパーSMも非食品の扱いが上手くいかず、すぐに消えていった。西友が取り組んだフードプラスは食品の2倍の面積を雑貨中心に非食品で構成したが、売上は食品の半分、粗利率は食品よりも高いと言っていたが、商品回転率が悪く、さらに季節商品の値下げ・廃棄までを考慮すると粗利率も決して高くなかったから、交叉比率は食品のはるか下という状況にあった。
スーパーセンターも各社が取り組もうとした業態の一つであるが、そのままの業態で現存する店舗はほぼ見当たらない。
大型化の失敗理由はいろいろだが、多くのケースで商品特性を知らずに専門外の商品ラインを加え、当初の目論見通りの結果が出せなかったというのが主な理由だろう。このようなケースでは、はじめから成功しないから、実験レベルで終わり、大きなケガをしないで済んでいる。(準備不足・認識不足のため、初めから成功できない状況でスタートしている)
問題は、一時的にでも成功してしまったケースである。
典型的なケースがGMSである。大型化し、ミニ百貨店化してしまったことで年商100億円どころか、200億円を超える店舗もあったから、物事の見え方、基準などあらゆるものが変わってしまった。
バブル崩壊後の失われた20年ではないが、成功体験は多くのモノ・コトを狂わせる。物が溢れ、売れない時代に、さらに多くの競合する業態、チャネルが出現しても、まだ多くのものを売ろうとする。そうしないと固定費が賄いきれないから、発想を変えることができない。
大型化した業態が上手くいかずに小型化していった経緯を見れば、単に適正規模に回帰しているだけといういたって単純な理由である。
立地についても同様である。冷静にマーケットを見れば、どこにブランクがあるのか、分かる。
イオンが「まいばすけっと」をはじめたのは、盛んにスーパーセンターと騒いでいた時期と同じである。超大型をやりながら、もう片方では超ミニの新しい業態を模索していたことになる。
人口動態を見れば、都心回帰、商圏縮小、高齢化・単独世帯の増加など「まいばすけっと」が攻めるマーケットに競合する店舗、業態が全く存在しなかったことは明らかである。
もう一つ、大きなアドバンテージは、物流網の活用と固定費=損益分岐点の低さである。居抜き物件を活用し、在庫を持たない、生鮮食品を扱い、SMと認知されるからコンビニエンスストアのその場消費と違って買上点数、客単価はそれなりに取れる。しかも一見、コンビニエンスストアと同じように見えても、PBはコンビニエンスストアの商品と比べてはるかに安い。このことは大きなアドバンテージとして消費者の支持も得やすい。
冷静に見ていけば、我々が日常生活を送る中にはまだまだブランクのマーケット、ブルーオーシャンは残されている。

大型化したGMSを前提に考えれば、GMSは消えていくだろう。その理由は固定費=損益分岐点をクリアするだけの収益(商圏の購買力、競争力など)を上げることができないからである。
かつて物販であげた収益を前提にスペース効率を考えると、マンションは別にしても、クリニック、⽼⼈ホーム、託児所などのサービス業で同じ効率を実現することは難しい。
20年以上に渡ってGMSが苦しんできたのは、この前提を外すことができなかったからではないだろうか。
GMSという衣食住フルラインの業態が消えると考えるのか、そのような損益構造の業態が消えると考えるのか、新たなビジネスモデルはとんでもない発想から出てくる可能性がある。
衣料品で苦しんでいるのは、GMSだけでなく、業界全般である。
いずれ、商品販売だけでなく、物販+中古流通+シェアなど衣料全般の総合業態が出てきてもおかしくはない。
そういえば、テレビで幼稚園や学校の制服を専門に扱うリサイクルビジネスを紹介していた。衣料品が売れなくても、衣料品で困っている消費者がいれば、そこに新しいマーケットが存在する。
筆者が「マーケティングの時代」ということを盛んに言っていたのが、バブル崩壊後であるから、デジタル技術が信じられないほどに進歩していても、マーケティングに関しては、その時代から大きく進歩していないのかもしれない。

地域おこしだけで人口は増えない。どうする?

◆国勢調査から見える人口減少・高齢化の状況
平成27年国勢調査人口速報集計結果によると、我が国の人口は1億2711万人,前回調査から5年間で94万7千人減少したことになる。大正9年の調査開始以来,初めての減少であり、全国1,719市町村のうち,1,416市町村(82.4%)で人口が減少し、5%以上減少した市町村は828(48.2%),同10%以上減少(再掲)も227(13.2%)ある。(いずれも平成22年比)
ここまでは、一般に認識されている数値ということになる。もう少し、細かく見ていくと、次のようなことが分かってくる。

①平成 27 年の総人口1億 2711 万人のうち,日本人人口は1億 2397 万2千人,平成22年比 138 万6千人減である。94万7千人との差、約44万人は外国人の増加である。日本人が減っても、ビジネスや留学で日本に住む外国人が増えれば、人口の減少は緩和される。常に進化し、活力ある国であれば、海外から日本にやってくる人も増えるが、それがない魅力のない国だと海外から無視され、やってくる人もいなくなる。
幸いなことに、いまは魅力があるということなのだろう。外国人が増えることで毎年の人口減少が約19万人程度に見えているが、日本人だけを見ると、それよりも約10万人多い28万人ずつが毎年減少していることになる。

②異常な東京圏の構造
地方と違い、巨大な東京を支えるのは埼玉県、千葉県、神奈川県の3県である。他の地方と違い、東京都とこの3県の関係は異常とも言える関係にある。
例えば、昼夜人口比率は東京都118.1に対し、埼玉県88.5、千葉県89.5、神奈川県91.1である。(47都道府県の中で80台は奈良県89.8の3県のみ、ほとんどが99台にある)
東京都への流入人口295.1万人の内訳は、神奈川県36.6%、埼玉県32.5%、千葉県24.2%と3県で約95%を占める。
そのため、この3県の一人当たり年間商品販売額(県年間商品販売額÷県人口)は、47都道府県の中でも40位以下、有効求人倍率も全国1.37に対し、千葉県33位1.19、神奈川県43位1.07、埼玉県46位1.03(平成28年7月)であり、つい最近までは1.0に乗るかどうかという状況にあった。

③高齢者単独世帯の増加
65歳以上人口のうち、単独世帯は16.8%、男性179.7万人12.5%、女性383万人20.1%。
高齢者の増加は高齢者夫婦のみ世帯、高齢者単独世帯の増加を意味し、その中でも特に世帯主75歳以上世帯の増加が目立つ。

④高齢者の割合が増える県
平成22年から27年までの5年間に65歳以上人口比率が4%以上増えたのは、北海道4.5%、平均年齢48.3歳(+1.8歳)、青森県4.1%、48.8歳(+1.8歳)、秋田県4.0%、50.9歳(+1.6歳)、福島県4.1%、48.2歳(+2.1歳)、茨城県4.0%、46.4歳(+1.5歳)、埼玉県4.2%、45.2歳(+1.6歳)、千葉県4.5%、46.0歳(+1.7歳)、富山県4.2%、48.2歳(+1.3歳)、石川県4.1%、46.6歳(+1.3歳)、京都府4.5%、46.4歳(+1.6歳)、大阪府4.1%、45.9歳(+1.6歳)、奈良県4.5%、47.0歳(+1.6歳)、広島県4.0%、46.7歳(+1.4歳)、山口県4.0%、48.9歳(+1.2歳)、徳島県4.2%、49.1歳(+1.5歳)、香川県4.2%、48.0歳(+1.3歳)、高知県4.1%、49.8歳(+1.4歳)の17道府県であり、人口が集まりそのまま定住する都市部と人口が減少する地方が混在している。
若い人の人口流入が極端に多い東京都、出生が多い沖縄県などは2%台にとどまっており、3%台にある県は人口移動の少ない地域と考えられる。(転入、転出とも少なく自然な形で高齢化している)

◆推計値と国勢調査の差異
「日本の地域別将来推計人口 —平成22(2010)~52(2040)年— 平成25年(2013年)3月推計」における推計値と平成27年国勢調査 人口速報集計結果の差異をみると、一つの傾向が見える。
図表 平成25年人口推計値と平成27年国勢調査の差異は、横軸に2015年の人口増減(2010年比)、縦軸に推計値と実績値の差異をプロットしたものである。
右側は人口増加で右上ば、推計値よりも大きく増加、右下は推計値よりも増加幅が小さいことを表している。同様に左側は人口減少、左上は推計値よりも減少幅が少なく、左下は推計値よりも減少幅が大きい。(*東京都は右上のはるか上にあるため、座標の関係からカットして表示)
全体的に減少の仕方は推計値ほどではないが、全般的に減少していることには変わりはない。
問題は、神奈川県のように増加が推計値よりも大幅に減

った県が現れていることである。
大阪府や宮城県、広島県などが左の上の方にあるが「人口減少の幅が小さくなった」ということであり、減少していることには変わりはない。むしろ、ごく少数の人口が集中する件と圧倒的多くの人口減少にある道府県の二極化が明確になったということが、今後の対応を難しくしていくだろう。
すでに自然増は見込める状況にないため、人口が増えるのは他県からの転入による社会増しか見込めない。
ごくわずかな都・県に人が集まり、圧倒的多くの道府県からは人が転出、あるいは自然減で減少する。人口が増えるには、冒頭で見たように外国人が住みつくしかない。
明確な方向性を出さない限り、このままじり貧になっていくことは目に見えて明らかである。

◆地方創生で町おこしをやっても人口は増えない
多くの地方で地方創生の名のものに、地方の活性化、町おこしを始めているが、町おこしをやることと人口を増やすことは必ずしも一緒ではないということを改めて認識する必要がある。
高齢者が余生を送るために地方に移住しても、その時だけは人口が増えても、長続きしない。若い人達が結婚し、家庭を持って子育てをするという、かつては当たり前であったサイクルが定着しない限り、人口が増えることはない。
「何のために町おこしをやるのか」という目的を明確にしないと、一時的に産業が盛んになっても継続することができない。どんなにITを活用し、ロボットやAIを活用しても人口は増えない。
地方で盛んにつくられる直売所、道の駅も、いまはいいかもしれないが、商品を供給する農家が発展し、継続することができなければ、いまの代で終わってしまう。まして地方の農家の高齢化は顕著である。
目的、前提を明確にした上で取組む必要がある。

◆提案
①滞在型セカンドライフ

②中長期滞在型セカンドライフ提案企画書

③中長期滞在型セカンドライフ

④企業はどうビジネスをつくり直すか

相乗積と交叉比率を使いこなす

◆机上論で勉強するのか、使いこなすのか
相乗積も交叉比率も効率を見る上で役に立つ指標であるが、知っているだけでは全く意味がない。
むかし、ある企業がもうそろそろ一年が経とうとする新入社員の研修に相乗積の問題を出したことがある。研修が終わった後で彼らに感想を求めると、店によって大きく3つに答えが分かれていた。
一つ目は、「全く分かりませんでした」というもので、入社以来、ずっと品出ししかやらせてもらってないため、相乗積などというものは見たことも聞いたこともないという答である。1年近くもアルバイトと同じでは可愛そうだが、部下は上司を選べないから仕方ない。
二つ目は、「習ったことはあるような気がするが、式は忘れてしまったから、計算問題は解けなかった」というものである。算数の授業と一緒で、式を暗記したのはいいが、意味が分かっていないから、記憶に残らないし、式を忘れてしまうと、導くことも、問題を解くこともできない。薄っぺらい形式主義の机上論という日本の悪しき教育方法を地で行ってしまったから、時間がもったいないし、若い人達もかわいそうである。
三つ目のグループは、「なんで、いまさらこんな問題を出すのですか?」というものである。彼らは発注の際、常に売上・粗利の予算に対する進捗状況に合わせて発注商品の粗利を相乗積によって算出しているという。日常の発注業務の一貫でしかないから、「何をいまさら…」という言葉になって表れたという。
何事も同じであるが、使わない、使えない知識は知っていても宝の持ち腐れである。学校の授業も多分にそのような傾向が感じられるが、机上論や形式的な教育では実際に使えないから、テスト問題が解けたとしても意味がない。

★使い方はいろいろある
◆発注に使う
通常、粗利ミックス=相乗積では、複数の商品の粗利率と売上構成比から、どのような比率でそれぞれの商品を売り上げたらよいかという目安を求める。仕入段階であれば、値入ミックス、複数商品の値入率と仕入構成比から一定条件(複数商品の値入率と仕入構成比)で仕入をした時のトータルの値入率を求める。
相乗積計算を用いて粗利率をシミュレーションするのは、このような商品ミックスだけではなく、先の事例の発注のような場合にも十分有効に使うことができる。
商品A、B、C、Dを月の第1週、第2週、対3週、第4週と置き換えればよい。
月の粗利予算を25%、第1週の売上構成比を24%、第2週を22%、….というように設定すれば、それぞれの週でどのくらいの粗利率が必要になるか、おおよその見当はつく。あとは予算に対する実績の進捗状況を見ながら今週末から翌週必要な粗利率の目安を確認していけば、粗利率、売価を含めて、どのような商品を、どのくらいの数量売り込む必要があるのか、目標設定ができる。厳密には売価還元法を用いて算出することも必要だが、今週末から翌週販売分を目安に発注するには、これで十分だろう。少なくとも値入率を超えた粗利率はないから、発注する内容を数値的にも考えるようになる。

◆棚割りに使う
「棚割りはあっても商品構成がない」というテーマで別項に原稿をアップしているが、多くの企業で棚割りをつくってはいるが、商品構成になっていないケースが多々見受けられる。
棚割りと商品構成の違いは明確である。
棚割りは、商品が什器の棚に並んでいるだけであるが、管理をしているのは、SKU、あるいはカテゴリーの販売数量や販売金額くらいでしかない。
改めて棚割りの基本、意味を確認すると、ファイス数×奥行きで最大陳列量が決まる。販売数量の比率と最大陳列量の比率が同じになるようにフェイス数を調整すると、全ての商品の回転率は同じになる。ふだん、あまり意識することはないかも知れないが、オペレーション、在庫管理などを考えた時には最も重要な特性と言ってもよい。
このことを利用すると、たくさんある商品の回転率をコントロールすることができる。
例えば、毎日補充する商品、2日に1度補充し、あとは前出しで済ませる商品、週2回補充してあとは前出しで済ませる商品、週1度補充し、あとは前出しで済ませる商品、2週間に1度補充して、あとは前出しで済ませる商品、…等々である。当然発注や在庫の持ち方もコントロールするように工夫すれば、発注、荷受け、補充といった作業を商品によって分けることができるから、作業量を平滑化し、作業スケジュール、人員配置などを組みやすくすることができる。
あとは、そのフェイス数を什器のどこに確保するかということになる。
難しいのは、フェイス数や商品を並べる什器の位置、高さ、関連付けなどによって売上が変化することである。
以前、週販60本の食器洗剤の最大陳列量が30本しかなかったことから、棚板を調整してフェイスを2倍強にし、週販数量の80本を売場在庫として置けるようにしたことがある。実際には、フェイスを広げたことで販売数量が伸び、週1回転以上するようになってしまった。売上が伸びたことはよかったが、補充作業はもくろみ通りには上手く改善できなかった。
分かったことは、フェイスを広げたり、陳列場所を変えたり、関連する商品を変えたりすると、売上が変化するということである。
「どのような商品が」「どのような場所で」「どのくらいフェイスを拡縮し」「どんな商品と一緒に」並べた時に、どのような変化をするのか、…ということは、現場でやってみないと分からない。いろいろ試して、データを蓄積するしかない。たとえ同じ商品を同じようにしたとしても、全ての店で同じような結果になるとは限らないから、厄介である。
ただし、この法則をある程度抑えることができると、相乗積計算によって、同じカテゴリーの商品であっても粗利率を改善したり、商品回転率を改善したりすることができる。当然、交叉比率も変わる。
ポイントは、全ての商品を同等に扱って複雑にしないことである。
主要な商品さえ、押さえておけばどうにかなるから、売上、粗利、在庫などのメインになる商品群、SKUについて優先して抑え、残りの数値に大きく影響しない、数値面で大きな変化をしない商品はその他とてまとめて処理することである。

◆他のカテゴリーと比較する 他店と比較する
相乗積や交叉比率の使い方として、同じ部門内の他のカテゴリーと比較をしたり、同一カテゴリー、または部門を他店と比較したりすると状況を客観的に見ることができる。
図表 相乗積と交叉比率は、バブルグラフで相乗積と交叉比率を表したものである。どちらも値が一定になる曲線を描き加え、そこに確認したい複数の商品の加えている。円の大きさは売上規模である。
このようにしてみると、たとえ相乗積や交叉比率が同じ値であっても内訳がどうなっているのか、円の位置を見れば一目でわかる。
例えば相乗積が同じ値でも粗利率が高い(右下にある)のか、売上構成比が高い(左上にある)のかでは、全く意味が違う。
このような表現をすることで、同一部門内のカテゴリーのポジションを比較したり、同一カテゴリーの店舗によるポジションの違いを確認したりすることができる。
残念ながらエクセルのバブルグラフでは曲線まで書くことができないので、相乗積や交叉比率の値が一定になる曲線はペッ書き加えなければならないが、それでも漠然と数値を眺めているのとは、全く違うものが見えてくるはずである。

知恵は使うためにあるし、使えば使うほど新たな世界が見えてくるから、さらに知恵が湧いてくる。いろいろなモノ・コトが見えてくれば、結果を出しながら楽しむこともできる。遊べるようになると面白いだろう。