総合スーパー(GMS)がなくなる⁇⁇

7&iの中期経営計画の発表で、イトーヨーカ堂GMSの大量閉店が具体的な話として見えてきた。立地によっては不動産という価値を活かし、マンション、クリニック、⽼⼈ホーム、託児所などに食品スーパーなどを組み合わせたSCの形で再開発していくという。不動産としての再開発が言われるようになったということは、やっとGMSの呪縛から解き放たれたということだろう。もっともGMSという業態にこだわっていた企業だけに業界の歴史にとっても大きな決断ということになるだろう。
ただし、物販、オムニ7に拘っている限り、抜本的な変革は難しいと考えるべきである。
時代はシェアリングエコノミーなど、物の所有・充足の時代から状況の充足、様々な商品・サービスを使いこなしQOLを高める機能・サービスの時代に変わっている。購入=所有という感覚はなくなっている。いつまでも物売りに拘っていては抜本的な改革はできない。おそらくコンビニエンスストアについても、利便性を提供するサービス業(サービスに物販がついてくる)ではなく、物販業という解釈をしているのではないだろうか。やることは同じでも解釈、意味が違えば本質は全く異なる。新生7&iのカリスマとの違いなのかも知れないが、どこか物足りなく感じるのは、多くのマスコミが指摘している通りだろう。
とりあえず、このような意思決定ができるのなら、これまでの20年間は一体何だったのかという感じがしないでもないが、この20年の経験、教訓を生かすも殺すも全てはこの後の取組みにかかっている。

ある意味、GMS時代の終焉と言えないでもないが、よく周りを見てみると昔のGMSのような衣食住を揃えた店舗は必ずしもなくなってはいない。基本は食品だが、それに日用雑貨、軽衣料を合わせたコモディティ型の店は存在している。ポイントは、損益分岐点、商圏規模、取扱商品のバランスなどだろう。
初期の頃のGMSと同じような規模、商圏、ポジションなら損益分岐点も高くないし、多少の在庫も負担にはならない。大型化したGMSのようなリスクはなく、出店可能な立地も多い。日本型GMSはいつの間にかどんどん大きくなり、広域商圏でないと成り立たなくなったが、もともとは、もっと小さな商圏でも成り立つ業態であったはずである。大型化に向かう一つの重要な要因が競争力の強化であったが、現在は大きいことが必ずしも競争力には結びつかない。
GMSをどう定義するかは解釈によって様々だが、ちょっと見方を変えれば、新しいGMS業態が生まれる条件が揃ったのかも知れない。

◆歴史をみれば多くの業態が巨大化から適正規模への回帰を示している
歴史を紐解けば、いろいろなことが見えてくる。
もともとGMSといっても大きな店などはなく、駅前に3~7,8階の多層階店舗として成り立っていた店が多かった。駐車場も満足にないような駅前立地の店舗である。個人商店以外にない時代であるから、衣食住が一ヶ所で揃うワンストップショッピングが可能なGMSは現在のコンビニエンスストアのように、とても便利な店というポジションで消費者に支持されていた。
大型化したのは、モータリゼーションで郊外のロードサイドに出店立地が移ってからであるが、バブル時代には駅前再開発などによって駅前にも大型のミニ百貨店化したGMSが数多く開店した。特に地方都市中心に、いわゆる百貨店の代わりのようなポジションでの出店が目立った。ここまでがGMSのピークと言ってよいだろう。
面白いのは他の業態もみな大型化していったが、主要業態で大型化したまま残っている業態は限られている。
例えば、1500坪ないとSSMではないと言われたスーパーSMも非食品の扱いが上手くいかず、すぐに消えていった。西友が取り組んだフードプラスは食品の2倍の面積を雑貨中心に非食品で構成したが、売上は食品の半分、粗利率は食品よりも高いと言っていたが、商品回転率が悪く、さらに季節商品の値下げ・廃棄までを考慮すると粗利率も決して高くなかったから、交叉比率は食品のはるか下という状況にあった。
スーパーセンターも各社が取り組もうとした業態の一つであるが、そのままの業態で現存する店舗はほぼ見当たらない。
大型化の失敗理由はいろいろだが、多くのケースで商品特性を知らずに専門外の商品ラインを加え、当初の目論見通りの結果が出せなかったというのが主な理由だろう。このようなケースでは、はじめから成功しないから、実験レベルで終わり、大きなケガをしないで済んでいる。(準備不足・認識不足のため、初めから成功できない状況でスタートしている)
問題は、一時的にでも成功してしまったケースである。
典型的なケースがGMSである。大型化し、ミニ百貨店化してしまったことで年商100億円どころか、200億円を超える店舗もあったから、物事の見え方、基準などあらゆるものが変わってしまった。
バブル崩壊後の失われた20年ではないが、成功体験は多くのモノ・コトを狂わせる。物が溢れ、売れない時代に、さらに多くの競合する業態、チャネルが出現しても、まだ多くのものを売ろうとする。そうしないと固定費が賄いきれないから、発想を変えることができない。
大型化した業態が上手くいかずに小型化していった経緯を見れば、単に適正規模に回帰しているだけといういたって単純な理由である。
立地についても同様である。冷静にマーケットを見れば、どこにブランクがあるのか、分かる。
イオンが「まいばすけっと」をはじめたのは、盛んにスーパーセンターと騒いでいた時期と同じである。超大型をやりながら、もう片方では超ミニの新しい業態を模索していたことになる。
人口動態を見れば、都心回帰、商圏縮小、高齢化・単独世帯の増加など「まいばすけっと」が攻めるマーケットに競合する店舗、業態が全く存在しなかったことは明らかである。
もう一つ、大きなアドバンテージは、物流網の活用と固定費=損益分岐点の低さである。居抜き物件を活用し、在庫を持たない、生鮮食品を扱い、SMと認知されるからコンビニエンスストアのその場消費と違って買上点数、客単価はそれなりに取れる。しかも一見、コンビニエンスストアと同じように見えても、PBはコンビニエンスストアの商品と比べてはるかに安い。このことは大きなアドバンテージとして消費者の支持も得やすい。
冷静に見ていけば、我々が日常生活を送る中にはまだまだブランクのマーケット、ブルーオーシャンは残されている。

大型化したGMSを前提に考えれば、GMSは消えていくだろう。その理由は固定費=損益分岐点をクリアするだけの収益(商圏の購買力、競争力など)を上げることができないからである。
かつて物販であげた収益を前提にスペース効率を考えると、マンションは別にしても、クリニック、⽼⼈ホーム、託児所などのサービス業で同じ効率を実現することは難しい。
20年以上に渡ってGMSが苦しんできたのは、この前提を外すことができなかったからではないだろうか。
GMSという衣食住フルラインの業態が消えると考えるのか、そのような損益構造の業態が消えると考えるのか、新たなビジネスモデルはとんでもない発想から出てくる可能性がある。
衣料品で苦しんでいるのは、GMSだけでなく、業界全般である。
いずれ、商品販売だけでなく、物販+中古流通+シェアなど衣料全般の総合業態が出てきてもおかしくはない。
そういえば、テレビで幼稚園や学校の制服を専門に扱うリサイクルビジネスを紹介していた。衣料品が売れなくても、衣料品で困っている消費者がいれば、そこに新しいマーケットが存在する。
筆者が「マーケティングの時代」ということを盛んに言っていたのが、バブル崩壊後であるから、デジタル技術が信じられないほどに進歩していても、マーケティングに関しては、その時代から大きく進歩していないのかもしれない。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください