テーマパーク型SM、アミューズメント型SMをつくろう!-2

■Stew Leonard`sに見るテーマパーク型SM、アミューズメント型SMのイメージ
すでに店内でレタスの水耕栽培を行い、販売するということはずいぶん前から行われていたが、販売する商品をつくるというだけで、店舗そのものは従来通りの食品スーパーと何ら変わることはなかった。
実際に食品スーパーが持つ加工・製造機能は多いが、それらはお客からは見えないバックヤードに追いやられ、商品を売る売場とは一線を画している。保健所の指導もあり、バックヤードは厳密に分けられているから現在のままでは難しいかもしれないが、発想を変えてテーマパークと割り切れば、動物園がやっているようなバックヤードを見せ、日ごろ表から見えない世界を体験できる全く別形態の商業施設として成立することも可能だろう。
すでに、いろいろなところにアイデアはあるから、新しい形態はそう難しいこととは思わない。
例えば、マスコミなどにもよく取り上げられるハローディ(本社福岡県北九州市)の売場コンセプトは「アミューズメント フードホール」、売場には様々な人形や工夫を凝らしたディスプレーが溢れている。さながら食品スーパーのおとぎの国とでもいったところであり、これらのディスプレーを維持発展させるため、通常の食品スーパーとは異なる仕組みを確立している。
 しかし、何といっても「テーマパーク型ストア」の本家本元はスーパーマーケットのディズニーランドといわれたStew Leonard`sだろう。見るだけでも十分楽ししいが、売っている商品の多くが目の前で作られていることで、より一層新鮮さを感じることができる。
 Stew Leonard`s in Farmingdale, Long Island, NY Tour (https://www.youtube.com/watch?v=OlEODkk1FfI)、Stew Leonard’s Norwalk Store Tour with Will(https://www.youtube.com/watch?v=OlEODkk1FfI)では店内の様子、取り扱う商品などがよく分かる。
 消費者が動画や写真を撮ってYouTubeなどSNSにアップするにはそれなりの理由がある。自分がいつも買い物をしている店を誇りに思い、自慢したい、多くの人に知ってもらいたいという意識であり、消費者が自分の目を通してその店の魅力をPRする。お客目線の究極の販売促進である。
 
 動画を見ればある程度のイメージは伝わると思うが、売場のアチコチに置かれた人形たちが、ディズニーランドのイッツ・ア・スモールワールドのように音楽を演奏し、歌い、踊っている。
 「WORLD LARGEST DAILY STORE」「FARM FRESH FOODS」と看板に大書しているように、店の内装は木を多用し、昔ながらの農場やマーケットのイメージを演出している。レイアウトは日本の一般的な食品スーパーのように無機質な直線レイアウトとは違い、IKEAのような商品のコーナーを強調したつくりになっている。インショップのようにコーナー化された売場のバックヤードでは多くの専門職スタッフが商品を作る様子も見られるようになっており、お客は商品ができる様子を見ながら売場を回り、「出来たて」「新鮮」を肌で感じながら買い物をする。牛乳も同様であり、牛の人形が愛想を振りまくバックには牛乳プラントがあり、牛乳がパックされる様子をガラス越しに見ることができる。
 様々な商品が作られ、つくりたての状態で提供されていることで、店全体が理屈抜きに新鮮さを主張している。お客は商品それぞれに応じたストーリーによって演出された売場をワンウェイで歩きまわりレジへと向かう。はじめて訪れた人は、次は何が出てくるのか、ワクワクしながら歩き回ることだろう。
 筆者が提案するテーマパーク型ストア、アミューズメント型ストアの一つの典型的なモデルと考えている。
 HPやSNSからも読み取れるが、テーマパーク型ストアは、ただ店内で商品をつくり、売っているだけではなく、お客を虜にするような様々な企画が必要である。
 Stew Leonard`sもバレンタインデー、ハロウィン、サンクスギビングデー、クリスマスなど大きなイベントはもちろん、日常的に子供を対象とした様々な料理教室やダンスパーティなど地域のコミュニティともいえる様々なイベントが行われる。
 日本でこのような店舗を志向する際に不可欠になるのは、企画・プロデュースを行う組織、人だろう。形をつくっただけではすぐに飽きられる。テーマパーク型ストアは、すでにただの物売りとは違い、テーマパークであるということを認識する必要がある。

■変化の時
多くのSMが人件費をコスト削減の中心に置いたことで、結果として管理レベル・売場レベルは著しく低下している。量販と安売りにこだわるあまり、取扱商品を限定し、さらにレジ精算までを消費者に依存するセルフレジになれば、そこはすでに「物」を入手することだけを目的とした無人倉庫のような存在になる。
全体がそのような方向に向かえば、テーマパーク型ストア、アミューズメントパーク型ストアの相対的価値(楽しめるという店としての価値ばかりでなく、希少価値も)は確実に高まるだろう。消費者の変化を理解し、すべての要素が上手く噛み合えば、マーケットにおける価値の向上とともに、経営効率も高まり、戦略的には一石何鳥もの相乗効果が得られる。
例えば、Stew Leonard`s では、多くの商品を店内で加工・製造することで、店全体がSPA(製造小売)型ディビジョンの集合体のような構造になっている。原価率は抑えられ、お客の目の前で製造することでリードタイムは短縮して需給調整もしやすい(もちろん製造ロットという制約はついて回る)。その結果、チャンスロス、値下げ・廃棄ロスへの対応が柔軟にできるというメリットがある。
さらに多くの製造工場を店内に持つ構造は、物流工程(工場から店に運ぶ横持)を省くことができ、物流コスト削減という大きなメリットもある。しかも、加工・製造スペースが工場見学のような役割も果たしているから、常に「出来立て=鮮度」をアピールしながら、テーマパークやアミューズメントパークのようにパフォーマンスを見せる演出も可能になる。
多くのSMがコストダウンのために(もちろん、衛生管理など安全上の要素も大きいが...)プロセスセンターや協力工場、バックヤードなどで加工・製造を行い、商品ができる様子をお客から見えなくしているのに対し、一方では工場見学、あるいはパフォーマンスとしてモノができる様子を見せ、試食を提供すること(出来立てでなければ本当の意味でのおいしさを味わえない商品も数多くある)で様々なメリットを実現している。
あらためて国内の「食」関連店舗を見直してみると、作る場面を見せることで、付加価値を高めている店舗は実に多い。
例えば、大丸東京店のねんりん家は、わざわざバームクーヘンを作る様子を見せるためにガラス張りにしているし、パパブブレ東京大丸店は、周囲3方から飴づくりのパフォーマンスが見えるようガラス張りのブースが作られている。様々な色の飴を組み合わせ、伸ばし、リズムに合わせて素早くカットするパフォーマンスは、企業のアイデンティティであり、商品価値そのものである。
また、カフェコムサはその日提供するフルーツケーキのデコレーション作業を客席に面したブース内で行うことでお客に作り立てであることを印象付けているし、シュークリームにカスタードクリームを注入する様子をお客から見えるようにしたシュークリーム専門店、焼き立てのパン、クロワッサンなどをお客から見えるように提供する焼き立てパンの店、麺の湯切りをパフォーマンスとして見せるラーメン店など、「つくる」シーンをパフォーマンス、企業のアイデンティティ、付加価値として見せる企業は多い。
それに対し、我国のSMでは、店舗設計段階で作業場の中が見えるように計画していても、実際に運用がはじまると、ほとんどの店舗で前面のガラスを商品で覆い隠し、中を見えなくしてしまう。
効率を優先するというよりは、ところせましとどこへでも商品を並べてしまう、整理整頓できない作業場を外から見えないようにするというのが主な理由であるから残念である。
Stew Leonard`s と日本のSMを見比べて、そこに感じる大きな違いは、Stew Leonard`s では、ディズニーキャストのようにスタッフが楽しそうに商品を作り、それを買うお客も買い物を楽しんでいるように思える。それに対し、日本のSMは、あくまでも作る所はお客に見せない、従業員も黒子だから顔が見えない、店頭に並ぶ商品も仕様通りに作られた既成品だから作る人の顔が見えず、人が感じられない。当然、お客も機械的に買い物をこなすだけになるから、一言も会話をせずに買い物が終わることも珍しくない。楽しさとは程遠い機械的な補充作業のようになる。
テレビで商品づくりの裏側を紹介する企画があると、その翌日にはとり上げられた商品の売上が大きく伸びる。ふだん知ることのない業界の裏話は消費者の興味、購買意欲を掻き立て、トライユースへと向かわせる。
このような消費者心理を理解すれば、SMの裏側も有効な販促手段となるはずだが、なぜかそうする企業は見当たらない。

「つくる」ことに「見せる意味・価値を付加する」のと、あくまでも「お客に見せてはいけない裏の作業として隠す」のでは大きな違いがある。
例えば、スポーツビジネスとして大きく変貌を遂げる大リーグ(MLB)をみると、ヤンキース球場のグランド整備はYMCAの音楽に合わせてグランドキーパーが踊り、グランド整備をパフォーマンスとして見せる(別にグランド整備だけを専門に行うもスタッフもいる)。
グランドキーパーはあくまでも黒子、目立ってはいけないという考え方から、どうせお客の目につくなら、いっそのこと観客も楽しませながら、本来のグランド整備もこなせばよいというように変わると、いつしかお客も一緒にYMCAを口ずさむようになり、やがて一つのイベントとして定着する。
いまでは、様々なデジタル技術によって、お客は手元のスマホを通していろいろなモノ・コトを楽しむことができるようになっている。今後、ますます興味の範囲を広げていくことだろう。
純粋スポーツとしてストイックに野球を追い求めるだけではなく、スポーツの持つ様々な側面をエンターテイメントとして掘り起こし、ボールパークと呼ばれるように家族連れで一日中楽しめる、あるいはビジネスの商談場所としても使えるというように、その対象・オケージョンを大きく広げることでマーケットの意味を根底から変え、ビジネスとしての可能性を大きく広げている。
同じベースボール、野球でも、観客の目を楽しませる、興味を引く切り口をたくさん持つのと、ただ黙々と勝敗を競うのでは、ビジネスとしての質、レベル、可能性が大きく違う。人がたくさん集まり、ビジネスの規模が大きくなることでプレーヤー、ゲームの質も高まるから相乗効果によってビジネスは大きく成長する。
筆者は、いま、まさにこれと同様な変化への対応が、小売業には求められていると考えている。

テーマパーク型SM、アミューズメント型SMをつくろう!

■新しいニーズを創造する新しい形態の店を創ろう
足元商圏に住む固定的な客層の、日常の食事という固定的なニーズだけを対象としたままでは、人口減少・高齢化する、固定された商圏内で店舗を維持することは難しい。
お客にとっての店舗の意味・評価・来店理由は、自宅から近い・アクセスが良い、商品が安い、品質・鮮度が良い・美味しい、店がきれい・清潔・感じが良い、サービスが良い・接客が良い・スタッフが親切・感じが良い、品揃えが良い・何でも揃う、他店にはない商品・変わった商品がある、見ているだけでも面白い・楽しめる、…等々、色々と考えられる。
全ての商品が安ければよいというわけではないし、メーカーのショールームと見まがうばかりにたくさんの種類があればよいということでもない。
我々が直面する状況を冷静に判断すれば、従来の発想から転換し、「商圏を広げる」「対象とする客層・ニーズを広げる」というように戦略、ビジネスモデルの転換が必要になることは言うまでもない。
ここではテーマパーク型SM、あるいはアミューズメント型SMを提案したい。

■テーマパーク型SM、アミューズメント型SM
経済産業省の定義では、テーマパークとは、入場料をとり、特定の非日常的なテーマのもとに施設全体の環境づくりを行い、テーマに関連する常設かつ有料のアトラクション施設を有し、パレードやイベントなどを組み込んで、空間全体を演出する事業所 とある。
SMの常識からすれば、入場料や会費など何らかの形で料金徴収することには抵抗があるだろう。しかし、それに見合うだけの価値、クオリティが実現できれば別に問題があるとは思わないし、むしろその方が競合他社との大きな違い、優位性になるとさえ考えられる。
ユザワヤは会員価格という形で会費の意味を明確に示したし、かつての赤ちゃん本舗も卸と会員という名目で会費を徴収していた。コストコは4400円という高額な年会費にもかかわらず多くの消費者に支持されているし、それよりも高額なアマゾンは様々なサービスを提供することで、全世界1億人ともいわれるようにプライム会員を増やし続けている。
これらの例を見ても、入場料や年会費、施設・イベントへのチャージも、その価値、メリットさえ消費者が納得できるものであれば、返って有効な仕組みとなる。
問題はそれに見合った価値・クオリティを提供できるか=本当の意味での真剣勝負ができるかという一点につきるだろう。
これまで「食」に関する様々なテーマパークやメーカーのアンテナショップが作られているが、取り扱う商品、表現形態は違っても、それらの施設はほぼ同様な構成になっている。
大きくは、①白い恋人パーク、埼玉種畜牧場 サイボクガーデン緑のひろば、犬山市のお菓子の城のような複数の施設から構成される総合的なテーマパーク(小売で考えるとショッピングセンター)、②カップヌードルミュージアム、新潟せんべい王国、群馬県のこんにゃくパークのような単独テーマのテーマパーク(小売で考えると大型専門店)、③広島お好み村、ラーメン博物館、ナムコ・ナンジャタウン(ビルインで餃子・アイスクリームなど複合)、大阪たこ焼きミュージアムなどのような同一業種店舗を集めた形態(小売で考えると専門店ビルやカテゴリーキラー)、④地域の特産面・名産品の販売、…などであり、基本的にそこで行われている内容は次のようである。
 入場料やチャージは施設の性格によって有料・無料のどちらもあるが、ほぼ共通しているのが、同一業種の有名店舗の集約、工場見学・体験教室・オリジナル商品製作、商品に関する知識・歴史などの資料展示・解説、一般商品・限定商品販売、試食試飲・飲食、その他ゲーム・アトラクション・実演などである。

これらの施設は中・広域商圏を前提としているから、小商圏で成り立つ普通のSMからの転換は難しいようにも思えるが、重要なことは「商圏を広げる」「店のポジションを変える」という本来的目的と「現在の商圏を前提にすると成り立たない」というジレンマをどう克服するかである。
 多くの場合、「現状」が勝ってしまい一歩を踏み出せないから、いつまで経ってもほとんどの店が変われずに終わる。その分、変われる店は少なく、ブルーオーシャンへと進むことができる。
いずれにせよ、何のためにやるのかという目的からスタートしない限り、現状から抜け出すことはできない。
 最も簡単に現在のSMから転換できる形態を考えると、直営・コンセ・テナントなどによって畜産品だけを集めた店、海産物だけを集めた店、生花を含む農産品だけを集めた店、...というように、特定分野に特化したカテゴリーキラーを確立することだろう。
 例えば、畜産品のカテゴリーキラーであれば、豚肉専門店、牛肉専門店、鶏肉専門店、焼き肉用肉専門店、ステーキ用肉専門店、焼き鳥用肉専門店、ラム肉専門店などの他、ジビエ専門店(シカ・猪・クマなど)、ダチョウ・ワニ・ラクダ・ヤギ・カンガルー肉などの専門店、加工肉専門店、乳製品専門店、玉子専門店、昆虫食専門店、それに半調理品・調理済み品(惣菜)、調味料など周辺商品とイートインを加えて一つの建物の中にまとめ上げれば、日本に一軒しかないカテゴリーキラーが誕生する。
 もちろん、単に商品を集めただけの専門店の集合体では集客が限られるし、いずれ飽きられる。イベント・体験などSNSを用いたプロモーション・顧客の組織化、マスコミ対応など継続的に進化し続けることと発信し続けることが必要になる。従来のように、小ぢんまりとした世界で地味に商売をしているのと違い、お客にその良さ、楽しさ、珍しさなどを訴求し続けるプロデュース機能が必要になる。単なるカテゴリーキラーではなく、テーマパーク型SM、アミューズメント型SMである必要がある。
 商圏が広くとれ、しかも各店が畜産品、海産品、農産品、...というように専門特化し、棲み分けができれば、自社競合は起こらず、物流網を共有しながらECにも取り組める。しかも従来と比べてはるかに専門性が増すから、他社との差別化はもちろん、B2Bにも取り組みやすい。競争力のないSMを継続するよりは、いろいろな技術・ノウハウの蓄積も見込まれるから、将来を考えてもはるかにメリットは大きい。
 方向性が分かっていながら、なかなか一歩を踏み出そうとしないことは業界全体としての大きなリスクである。パイオニアの出現が望まれる。

ワクワクする店 食品ブティックを創ろう!

■ ワクワクする店「食品ブティック」を創ろう!
筆者が初めて「食品ブティック」を提案してから30年近く経つ。拙著「業務革新とクラシフィケーション」(株式会社商業界平成9年7月)追補「21世紀への提案」の中でも触れているが、バブルが崩壊した90年頃、ノンフーズの実験的な店舗を創り上げ、その後、食品スーパーでも新しいフォーマットをつくろうとアイデアを温めていた。
結果的にはバブルが崩壊したこともあり、アイデアは実現できずにお蔵入りになったが、現在のような状況を考えると、改めて提案するにはちょうど良い環境、タイミングと思っている。
消費を経済活動ととらえれば、売場は激しい競争の場であるが、「消費は文化」ととらえれば、そこは新たな文化を産み出す創造の場に変わる。
バブル崩壊後、売場はローコストと価格競争ですっかり荒廃してしまった。その結果、皆が疲弊し、日本中からワクワクする面白い売場が消えていった。どんなに表面を取り繕っても、本質は無機質な倉庫のような売場、お決まりの商品・値付け・価格訴求の販促、補充作業のような買物、…では、「店」「売場」「買物」の本来的意味は失せている。
ただ物理的に「物」を入手するだけなら、わざわざ手間暇かけて店まで行く必要はない。お客がネット通販・テレビ通販にシフトする一つの大きな理由と言ってよいだろう。
物が溢れる時代の買物は、物が充足していく時代のそれとは明らかに違う。そろそろローコストと価格競争で荒廃した無機質な売場ではなく、買物の楽しさ、面白さ、ワクワク感が得られる売場ができてもよい頃だろう。

◆「食」を改めて見直すことができる空間を創ろう!
日本では、壁面に生鮮食品、中島にグロサリーという古典的な食品スーパーの売場が昔から頑なに守られている。しかし、20~30年ほど前、本家本元のアメリカでは「食品スーパーは業種(業種の中に業態がある)」と言われ、食品スーパーはさらに様々なタイプの業態に別れていた。
入口付近の青果は本格的なシェフが作るテイクアウトデリやイートインに変わり、敷き詰めた氷の上に並べられた魚や彩鮮やかな青果売場はマグネットとして店の一番奥に配置された。
赤い絨毯にシャンデリアという高級スーパー、マーケットのようなつくりの自然食品スーパー、重量ラックに高く商品を積み上げ、パレットに山積みにした商品で安さを演出したウエアハウス型食品スーパー、そしてブティッキングという手法で商品をインショップ(ブティック)にまとめた食品スーパー、...等々、店の主張を表現する手法は様々であり、個性的な店舗が数多く出現した。
日本でも高級スーパーを標榜する店が現われたが、実態は内装や什器の色、スタッフの制服、商品の価格帯など表面的な装いを変えただけで、本質は何一つ変わっていなかった。結局、高い商品を売っているだけでは長続きせず、売上が落ちれば売場も商品もただの食品スーパーに戻っていった。
もし、高い商品を集めたのが高級スーパーというのであれば、筆者が提案する「食品ブティック」は高級スーパーではない。かつての東急ハンズやジョイフル本田のような店を現代風にアレンジし、発展させた「食品ブティック」という全く異なる専門業態である。
単に「物」を売るのではなく、ホームセンターのBIY(Buy it Yourself ; 材料は自分で買うが加工は専門業者に有料で委託する)のように、様々な機能的サービスを提供する。
お客が見たこともない食材は調理方法、食べ方を提示し、メニューのアイデアを提案するだけではなく、産地・生産者と情報交換できるネットワークの設定、お客が買った生鮮食品の下ごしらえ、要望に応じた調理、店内のイートインで食べられる料理提供(消費増税次第でイートインもどうなるか分からないが…)なども行う。
シェアキッチンや地方の郷土料理(おふくろの味)を教え・提供するスタジオ(インターネットライブ配信)などを備え、「食に関するソリューション、エンターテイメント、エデュケーション」といったサービスを幅広く提供する。
テレビで話題の「伝説の家政婦志麻さん」のように、誰からも支持される革新的な食の新業態である。
子供の誕生パーティー、還暦・喜寿・米寿のお祝いなどに対しては、単に料理を提供するだけでなく、楽しく時間が過ごせるように企画提案・コーディネイトも行う。会場の他、様々なサービスの手配も行い多様なニーズに対応する。
会員に対しては、カルテに基づき管理栄養士が食事指導をし、調理サービス時にはカロリー、塩分、糖質、脂質などをコントロールする。さらに管理栄養士、理学療法士、作業療法士などによるアドバイス・レシピ提案、カルテ(データベース)・IoTデバイスで収集したデータに基づく生活管理まで行えば、医食同源を実践する地域の健康デポとしての機能も果たす。
「食品ブティック」に必要な商品はこだわって品揃えするが、取り扱う意味のない商品は扱わない。立地、売場面積、お客のニーズに合わせて物販を絞り込み、専門的な商品構成、サービスと売場創りに特化する。
価格競争から解き放たれた自由な空間は、お客の興味を掻き立て、好奇心、探求心、知識欲を満たすことで知らず知らずのうちにQOL(Quality of Life)を高める働きをする。売場を創るスタッフも、そこで過ごすお客も、心から楽しむことができる密度の高い空間である。
当たり前の日常(ケ)に意味を持たせ、ハレ(祭り)に変える空間を提供することが「食品ブティック」の重要テーマである。売場の意味も、消費する意味も、そこで過ごす時間の意味も、従来の小売店・飲食店とは全く違うから、競合する店は存在しない。最強の業態である。
そこに行けば、見たこともないような商品やサービスがあるから、遠くからでもお客は来店する。日本では単店で100億円を売り上げる「食」の店は見当たらないが、食品ブティックならそれが可能になる。アパレル比率が低下するショッピングセンターの次世代の核としても期待できる業態と言えるだろう。
現在は、「既存業態ではマーケット環境の変化・進化に対応できない」という点でバブル当時とどことなく似た状況にある。しかも、店が進化する方向性は大きく変わっていないのに、デジタル技術の進展によって使える道具は飛躍的に増えている。
まさに、「食品ブティック」を誕生させるには絶好のタイミングである。

◆食品ブティックの売場イメージ
主通路の外周壁面にはIKEAのようなシーン別コーナー、あるいは品種中心に構成したショップ(ブティック)を配置する。主通路の内側、売場中央には、生鮮食品を中心にマーケットのような売場をつくる。場所がまとまることで人との距離感が縮まり、賑わいを演出しやすくなる。
外周は物販、飲食、教室、キッチン、カウンターなど物販、サービスをミックスした様々な要素のショップで構成する。消費者と生産者・メーカーをつなぐ、来店する消費者同士をつなぐ、リアルプラットホームとしての機能を併せ持つ空間は、見るだけでも十分楽しめる複合機能の空間である。
かつてカーマ21岐南店が個人事業主など地元事業者を取り込み、様々な教室・サービス業を施設内で営業させる代わりにカーマにはない専門商品(取引先チャネル)を紹介してもらい販売するというコラボレーションに取り組んだことがある。食品ブティックにも取り入れたいアイデア、手法である。
現在であれば、AI(人工知能)、AR(Augumented Reality拡張現実)、VR(virtual reality仮想現実)、MR(Mixed Reality複合現実)など、様々なデジタル技術も活用できるから、限られた空間であってもテーマパークやアミューズメントパークのような要素を加えて機能拡張することが可能である。
すでに、野菜・果物の生育状況・収穫作業、あるいは魚の養殖場・漁の場面などをWebカメラで見るだけの時代から、(デジタル技術によって)その場面に自分が入り込み、疑似体験ができる時代に変わっている。
近い将来、リアル店舗もデジタル装備が充実し、様々に機能拡張するようになれば、店は単なる「物売りの場」から、消費に関するあらゆるシーンを「疑似体験する場」に変わる。

◆食品ブティックのアイデア  「食」をテーマに様々なシーンを再発見する、疑似体験する空間
消費者に直接商品を提供する「食」ビジネスは、「食材」「加工食品」「調理食品」を売る小売業と「料理」を提供する飲食業が中心である。小売業のメインである食品スーパーは、生鮮食品や調理食品に注力し、一通りのものが揃うワンストップショッピングにこだわるから、どこも同じ特徴のないフルライン構成になる。その結果、NB商品を扱わない成城石井が特別視されるように、一般から外れて専門特化した方が店の存在感が強調されることになる。ただし、取扱商品が違っても小売店であることに変わりはない。
一方、飲食店はその経営形態からも種々雑多な形態があり、個性的ではあるが、やはりどこも一様に料理を提供しているにすぎないから限界がある。最近では、料理アプリを提供する企業が、使う食材をネットで販売するというビジネスモデルも現れているが、別段物珍しさは感じられない。
そうであれば、商品を絞り、「未開のマーケット」である知識・技術・ノウハウ中心のビジネス、機能支援・機能代行ビジネス、情報・ビジネスのマッチング・プラットホーム、情報交換・参加・体験・交流・交換の「場」を提供するビジネスなど取り入れた店=人が集える物販とサービスの複合機能を持つ食品ブティックの方が人が動く分、商品も動かしやすいだろう。
食品ブティックを形づくるアイデア、ヒントは様々である。
例えば、バブル当時、生きた魚を扱い、丸のまま、三枚おろし、下ごしらえ、半調理、刺身、煮魚、焼き魚、…等々、客の求めに応じて加工・調理し、持ち帰りも、店内での飲食もできるという店があった。
食品スーパーと飲食店とでは仕入れルートが違うから当然取り扱う商品も違う。魚に限らず、肉や野菜も同様である。季節に関係なく、どんな状況下でも定番商品をかき集めて販売する食品スーパーと、その日仕入れられる良い商品だけを取り扱い、可能な限り良い状態で提供する店とでは根本的な違いがある。
また、日本は世界的に見ても多様な食文化=郷土料理を持つ数少ない国だという。東京をはじめとした都市部には数多くの地方出身者が集まっており、郷土料理、おふくろの味は「食」の重要なテーマでもある。外国人観光客にとっても日本の文化に触れることができる有用な空間になる。仮に全国47都道府県にある郷土料理を週替わりで扱ったら52週ではとても足りない。同様に考えると、増え続ける外国人観光客・ビジネス客・国内居住者の郷土料理も一つのテーマになる。
スペース、商品・サービス、スタッフ、…等々、全てを固定的に考えなければ、いつ行っても飽きが来ない魅力的な空間、「食」を通じて人が集う交歓・交流の「場」が出来上がる。

現在、重要なのはアイデア、企画力、情報力、技術力、マーケティング力を前提としたプロデュース力である。
人口が減少し、マーケットがシュリンクしていくことを考えると、店・売場を「食」に関するテーマパーク、アミューズメントパークのような空間に進化させるのか、それとも頑なに従来通りの物販にこだわり続けるのか、判断が分かれるところだろう。
筆者は、人口動態などマーケットの環境与件を考えると、かなりの確率で前者だと考えているが、どうだろうか。

二次機能型SM(ストア)をつくろう!

機能(働き、役割)という考え方がある。
基本機能はモノがモノとして成り立つ必要最低限の条件、食に関して言えば、安全に食べられて空腹を満たし、生体を維持するうえで必要となるエネルギー・栄養素が摂取できるということになる。
それに対し、二次機能は、①食品が持つ特定成分の働きにより健康や美容に役立つような働き、②友達とくつろぐ際のお茶やスイーツ、パーティ・懇親会での料理やお酒が果たす交流・交歓・親睦を促進する触媒としての働き、③インスタ映えという言葉に象徴されるようなSNS投稿の演出道具としての働き、④知識や技術を高めるといった自分を成長させるための題材、…など、食本来の機能=基本機能とは異なる様々な役割、働きである。
三次機能は三ツ星レストラン、有名シェフ・パティシエの店というように「提供される商品・料理」とは分離し、食とは直接的に関係のない独自の意味を持ちだしたものである。
消費者は基本機能が満たされると次には欲求が二次機能、三次機能へと向かう傾向にあることが経験的に分かっている。メーカーも差別化のために二次機能、三次機能を意識したマーケティング戦略、商品開発を強化するため、マーケットは自ずとそのような方向へと向かう。
マズローの欲求階層とも似ているが、機能間における順位はさほど明確ではなく、その時々のはやりなど状況によって様々に変化する。
すでに、食が「単に空腹を満たすだけの時代」は終わり、たとえデカ盛り、メガ盛りであっても、大辛メニューなどと同様、珍しさ(希少性)やゲーム性(早食い競争、我慢比べ、罰ゲーム、チャレンジなど)によって、「場」の雰囲気を盛り上げるための演出道具として用いられるケースが増えている。
最近の傾向として、身近にある「食」の意味、役割は他の商品分野と比べ物にならないくらい大きく広がっている。
人口減少・高齢化が進む現状では、すでに従来のように食品をただ「物」として売っているだけで店舗を維持することは難しい。
まして、同質化するチェーン店が縮小するマーケットの中でお客を取り合うのでは勝ち組なしの疲弊戦に突入することは明らかである。
根本的に変化する必要がある。

食品を対象に、基本機能、二次機能、三次機能について整理すると次のようになる。
例えば、ニンジンを例にとると、基本機能は煮物やカレーに用いる食材であり、安全に食べられて空腹が満たせ、一定のエネルギー・栄養成分が摂取できる。
また、ニンジンの三次機能はあまり思い浮かばないが、地域ブランドの雪下ニンジンなどがそれに近い。分かりやすいのは青森県田子町のニンニクなど、明らかに地域ブランドとして確立されたものであり、田子町というだけで独自の意味を持ち出している。
*いずれの場合も機能という考え方、意味を理解するうえでは比較的わかりやすいが、三次機能の場合、ブランドとしての認知度が高まり、そのポジションが確立できるまで(モノと分離してブランドが独自の意味を持ち出すまで)は、二次機能的要素が重要になる。

それに対し、二次機能では、①有機JAS(日本農林規格等に関する法律)に認定されており、「環境にやさしい」「安全・安心」といえるニンジン、②インスタ映えする赤、紫、黄色など様々な色の人参を用いたパーニャカウダ(いろいろな種類・色の生、あるいは温野菜をパーニャカウダソースで食べる見た目にもきれいな料理)といった「雰囲気を演出するための道具」としてのニンジン、あるいは③ニンジンの色によってβカロテン、リコピン、アントシアニンなどを多く含むことから「健康にやさしい食材」としてのニンジン、...などというようにフォーカスの仕方によってその意味、働きは様々に変わる。
二次機能は、モノをベースにして基本機能とは異なる副次的機能で、なおかつ三次機能のようにモノと分離して独自の意味を持つようになったものではないものすべてが対象となる。その範囲は広く、様々である。
また、前述のように、場合によっては三次機能との境目が曖昧な場合もあり、明確に線引きすることが難しいケースもある。
二次機能について、大きくいくつかのパターンに分けてとらえると次のようになる。
一つ目は、食としての本来的機能を超え、特定成分の持つ特性をコントロール(強化、減少、バランス化)することで健康、美容、ダイエットなどへの効用を期待する分野である。
例えば、リコピンを通常より多く含む加熱用トマト、トマトジュースなどである。リコピンの持つ抗酸化作用はβカロテンの約2倍以上、ビタミンEの100倍以上といわれている。脂溶性があり、加熱すると吸収率が高まるため、油と一緒に加熱調理して摂るとよいとされる。
同様に、低カロリーで食物繊維、特に水溶性食物繊維を多く含む食材であれば、腸内環境にもやさしく、ダイエットをはじめとした様々な効果が期待できる。寒天、キノコ類などがよく知られているが、茶葉や焼き海苔なども食物繊維、ビタミンCなどを多く含む。
地域の食性と寿命・特定の病気の罹患率の関係などから、健康に良いと考えられる食品と食べ方などが提言されることがある。医食同源といわれるように、日々の食事によって健康をコントロールするという役割である。
2つ目は、ティータイムのスイーツや酒席の酒・つまみ・肴、パーティ・宴会の酒・料理といった催し物、あるいは交流・交歓に際しての演出道具的役割、あるいはインスタ映えという言葉に象徴されるように、一つのシーンを演出する道具といった役割である。
インスタ映えでは、色やデザイン、意外性、話題性など、Web上で特定シーン、ストーリーを演出する道具としての役割であり、いわゆる「盛る(様々に加工して強調するなどし、演出する)」ことによって、現実とは異なる世界をつくり出す役割を果たす。
一方、ティータイムのスイーツや酒席・パーティ・宴会の酒・肴・料理などは、リアルの世界で、しかも一定時間、複数の人間が、同じ空間で時間を共有するため、同じ演出道具であっても、果たす役割ははるかに多く、複雑である。参加する人数やメンバーの距離感にもよるが、場合によっては、そこで提供される酒や肴、料理の産地、作り方、味、食べ方など様々なうんちくが会話の導入として重要な役割を果たすことも必要になる。美味しさや食べることでの満足感ばかりでなく、「場」を和ませ、また交流・交換を促進させるなど、多様で幅の広い役割が求められる。
 3つ目は、共通の体験を通して交流・交歓・親睦を図るといった場合の題材としての役割である。キャンプでの料理、バーベキュー、タコパーティなどが典型的な例であり、一緒に準備し、調理するなど共同作業を行うことで、ふだん見ることのできないお互いの異なった側面を知ることができ、親近感が増すなどの効果が得られる。
 4つ目は、知識・技術を高め、成長するための題材としての役割である。「食」「料理」は身近にあって馴染みやすく、自分の成長、自己実現のための題材としても取り組みやすい。
 キャラ弁をはじめ、魚の三枚おろしや珍しい外国料理など、あまり馴染みがない、あるいは技術的に難しいと思えるものであれば、できた時の達成感、充実感も大きく、周囲からの評価も高い。
 
★イートイン、グロサラントなど飲食業と小売業の境目がなくなりつつある状況を考えると、まだまだ多くの機能が分化して専門特化し、それらをミックスした業態が生まれても不思議はない。
 これまで、食品ブティック、テーマパーク型ストア(SM)、アミューズメントパーク型ストア(SM)を提案してきたが、一つの可能性として二次機能をベースに専門特化した食品スーパー、Sp.SM(Specialty Supermarket)を提案したい。
 物を物としてしか売っていない現状は、商品の本来的価値を引き出しているとはいえず、生産者、流通業者、消費者のすべてが損をしているとしか思えない。
マーケット環境を考えてもWIN- WIN- WINの関係ができる業態を創り上げることが必要だろう。

データ分析に使えないデータ設定、システム???

データ分析をしようとしても、使えない情報システムを、膨大な金額を投資して使っている企業は多い。
昔、ベテランのシステムエンジニアに、どの業態も商品を仕入れて、在庫し、販売するだけであるし、もとになる情報も商品の売価、原価、数量だけだから、まったく同じ標準的なシステムさえあれば、すべての業態、すべての企業が同じシステムを使うことができるのでは?と疑問を投げかけたことがある。
その時の彼の答えは、そんなことをしたら各企業からのカスタマイズがなくなるから、この業界の規模、膨大な数のシステムエンジニアなどの人材を維持することができなくなる、というものだった。
「業界を支えるためのカスタマイズ」という彼の説明がどこまで本当かは分からないがシステムに合わせて業務を標準化すると考えるよりは、自社の業務の仕組み・やり方に合わせて情報システムをカスタマイズしたがる企業は多い(というより、そういう企業ばかりである)。
小売業にとって必要なデータ、情報処理はある程度限られる。
情報システムもアレコレいじらずに基本をベースに設定すれば、必要なことは確実にできるし、その方が開発もメンテナンスも早く、安く、楽にできる。しかも使いやすい。しかし、なぜかどの企業もカスタマイズしたがるから不思議である。複雑なものほど高度で優れているという錯覚でもあるのだろう。ある意味、鞭の極みともいえる。
しかも、多くの時間と費用をかけて作ってしまった重たく、使いにくい、あるいは使えない情報システムは、簡単に捨てるわけにはいかないから、何年も付き合うことになる。悲惨である。
情報システムを更新するには、投資金額に見合った期間使う必要がある。その間、必要なデータ、欲しいデータが取れないから、企業のマネジメントやオペレーションのレベルは信じられないほどの低レベルから抜け出すことができない。
業務システムとは何か、情報システムとは何か、データ分析とは何か、という最も基本的なことが理解できていないまま意思決定をしたツケは少なくとも10年単位で影響する。

■数値の基本
数値は項目、単位、期間という3項目からなる。
項目は、売上、在庫、仕入の数量、金額が基本である。それに売価、原価、売価変更(値上・値下)・値入・粗利などの金額と率。客数(精算件数)・客単価・買上単価・買上点数、商品回転率や交叉比率、粗利率相乗積など、数値はいろいろあるがそれらは、売上、在庫、仕入、客数(精算件数)、買上点数など基本的な数値から算出することができるから、基となる数値は限られている。
知りたい情報も時系列変化、部門・ライン・クラスなど単位の系列で分解、統合して内訳や構成を見ることが中心だから、そんなに複雑で難しい処理も必要はない。
むしろ重要なのは商品構成であるが、残念なことにPOSのコード設計が元々事務処理であるため、単品の識別にしか使えない。
商品名、商品コード、JANコード、どれをとっても類似する商品を識別することは難しいから、商品が持つ特性のうち、どの特性が支持されて商品がよく売れているのか分からない。
例えば、チョコレートをタイプ別や成分別に売上(金額・数量・構成比)/在庫/仕入/値入/粗利/商品回転率などを見ようと思っても商品マスターを一つ一つチェックして集計しないと分からないから、そんなことに手間をかけて分析をすることはほとんど不可能といってもよい。
ビッグデータの時代でも、単品の識別は可能でも集計するためのフラッグがなければ肝心な集計ができない。ABC分析はできても様々な切り口での集計ができないデータでは、1つ1つ見るか、数百アイテムをまとめて合計として見ることしかできない。
例えば、週別に時系列でサイズ比率、色比率が変化することは分かるかもしれないが、色×サイズ別比率がどう変わるかはわからない、素材×デザイン、素材×デザイン×色×サイズなど、商品によって知りたい内容は異なるが、商品構成における最も重要な要素間の比率が分からない。

情報時代、データが重要と言いながら技術ばかり進歩しても肝心のデータ分析とは何か、データ分析のためにデータをどのように持てばよいかという最も基本的なことの理解がなければ、技術もシステムも生かせない。
そのことすら気づいていないとなると手のつけようがない。
本当の意味でデジタル化時代と言えるようになるには、実態を本質的に見直して変えていかなければならない。
データ分析からプログラミングまで一人でこなせるデータサイエンティストが必要とされるのも分かるような気がする。専門的なスーパーマンを養成するしかないが、まずは体制を整えることから始めるしかないのだろう。
対応が急がれる。

データ分析は地図を見るのと同じ。

データ分析は複雑で難しいというイメージが強く、数字アレルギーというように数字を見ただけで拒絶反応を示す人は多い。
一方、なんでも細かければ細かい方が良い、高度だと錯覚を起こしている人もいるから、データ分析に時間ばかりをとられてしまうことも多い。
重要なことは、デー分析の目的である。
「分析は目的にならない」「分析からは何も生まれない」というのは古くから言われてきたことであるが、流通関係の有名なコンサルタントから「POSデータは細かく見ているのだが、なかなか成果が上がらない」と相談を受けたことがある。
人はたくさんのデータを長い時間かけていじくりまわすと多くの場合、達成感、満足感を得ることができるが、それで成果が得られることはない。
分析の目的は、問題点・問題構造を見出し、修正の精度を高めることであるから、いくらたくさんの細かなデータに時間をかけて目を通しても、あるいはたくさんの表やグラフに表すなどしても、実態が変わらない限り、成果が得られることはない。
目的までのプロセスを考えれば、データ収集、分析はほんの前準備の一部に過ぎず、そこから得られた問題点・問題構造など認識できた問題に対して仮説を立て、適切な修正行動をとることが必要になる。
さらに修正行動は仮説にすぎないから、修正後の実績データを確認し、必要に応じて修正するというところまでが本来の分析のサイクルと考えるべきだろう。

そこでデータと分析の問題である。
データ分析は地図づくりと地図を使う行為とよく似ている。
地図は精度を要求するから、データは正確である必要はあるが、地図を見るときは大枠でしか見ることはない。それと同じでデータ分析も、もとになるデータは正確である必要はあるが、それと同じレベルで細かくデータなどを見ていたら、データ全体から見えるはずの問題点も見えなくなってしまう。
データ分析には一定のパターンがあるから、目的に応じて見方も変える必要がある。
全く状況がわからない時には、目的に関係する部分を絞り込みたいから、ウエイトの高い重点分野を確認する、あるいはとりあえず仮説によってデータを整理し関係ない部分を外していく。
関係のある部分がわかれば、データの変化に影響する要因や変化の仕方のクセを見出す。
地図でいえば、例えば主要道路、幹線など行くのに関係する大枠を絞り込み、その道路の状況や万が一の時の代替案などをあらかじめ用意することになる。

目的によって地図も見方は変わるが、目的地へ行く道を見るだけであれば細かく見ることはしない。同様にデータ分析も仮説を立て修正案の精度を高めるのが目的であれば、問題のポイントと修正点を絞り込むのに必要なところだけがわかればよい。
データそのものの精度は必要だが、データが細かい、多い、分析時間が長いことが必ずしも成果に結びつくわけではない。
重要なことは、いかに簡潔に問題点を絞り込み、迅速、かつ精度の高い修正が行えるかである。
地図を使いこなすのには実際の道路事情が分かっていることが大切であるように、商品・売場のデータ分析も商品・売場の実態を知っていると見え方が変わってくる。
データ分析も机上だけでは見えないことが多い。
もともとのデータが現場にあることを考えれば、帰納法的な視点が重要である。

データを使えば科学的か?

データを使えば科学的という錯覚がある。デジタルかが進み、様々なモノ・コトがデータ化されるビッグデータの時代にデータの意味を理解せず、鵜呑みにすることは危険である。
古くからブルーバックス(講談社)の「統計でウソをつく法」(ダレル・ハフ著 高木秀玄訳)のように統計によるウソを指摘する著書は多い。
データ、データ加工の前提を知っているか、知らないかが問題なのだが、正しく知れば便利なデータも分からないからとすべてを信用してしまえば騙される、勘違いして間違える危険性は高い。
学生に「カラスの話」をすることがある。カラスが飛ぶ高さ地上30mが高いか低いかと訊けばほとんどの学生が高い、あるいは低いと答える。
この時点ですべて間違えなのだが、数値で表示されるとなぜか正しいことのような錯覚を起こす。まして、これがGDPなど自分の知識を超えた経済の話や複雑な話になると「自分が分からいこと=すごいこと、それを話す人はすごい人」というような錯覚を起こす。
数値を使って人々を煙に巻き、自分の思うように扱うこともできてしまうから怖い。
前述のカラスの話の結論は、地上30mは事実であっても基準がないから高い、低いという判断が成り立たないというのが正解だが、誰もそのような訓練をされていないと事実データがあったとしても自分の感覚だけで判断してしまう。測定は科学的でも判断は実に旧態依然としており感覚に頼から、これでは高い精度の測定などいくらしても意味がない。

また、よくある間違いが平均に対する誤解である。
様々なデータを見るとき、そのデータがどのようにして求められたものなのかを省略してあるケースがある。
たとえば平均年齢50歳というと皆、あるいは多くの人が50歳(前後)であるような錯覚を起こす。しかし、100歳と0歳の平均は50歳だから実際には50歳の人が一人もいなくても平均年齢50歳がそのグループを代表する値となってしまう。
特定グループの年齢を代表して表す数値には、その他にも各人を年齢順に並べて真ん中の人の年齢を代表とする、あるいは最も人数の多い年齢をそのグループの年齢の代表とするなどがある。
また、どのような人たちのグループの平均をとっているのか、何人の平均をとっているのかなども重要になる。特定地域で住民の平均年齢を調べるのと、企業の社員、あるいは大学の学生寮で調べるのでは違って当たり前だし、人数によっても変わってくる。

平均だけでも、これだけあるわけだから、様々なデータが数値化されてくると、よほど数値の前提がわかっていないと判断を間違える。
POSデータなども、これしかないから仕方なく使っているが、単純に販売数量合計だけで見ていると取扱店舗数や取扱期間が違っていたり、初めから投入数量(売場在庫)が違っていたりなど、販売データに直接関係するような条件が全く違っていたなどということもある。

データが科学的かどうかというよりは、データをとる人、加工する人、見る人が科学的かどうかが問題になるということだろう。

小売業 データ活用のキモ、商品分類表は何のためにある⁉️

■使えない商品分類表
小売業に限らず、商品を取り扱う企業であれば、必ず商品分類表なるものをもっているはずである。
筆者もバイヤー時代に商品分類表の修正をやったことがあるが、商品分類という言葉から、どうしても商品を細かく分けていってしまう。
素材、デザイン、色、ブランド、….等々。素材も綿、ウール、ポリエステル、ナイロンなど素材成分もあれば、糸の種類、生地の織り方、表面加工、染め方・プリントの仕方など細かく見ていけばきりがない。
デザイン、色に関しても同様であり、正確に分類しようとすればするほど細かくなっていく。
一方、商品分類には情報システム上、必ず単位とコードがある。
部門、ライン、クラス、あるいは大分類、中分類、小分類などであるが、単位の数の桁数に合わせて、それぞれ0~9の数値が割り当てられるために、通常、最大で1つの単位は10まで、2桁使える場合には100までの分類が可能になる。

すべての間違いは、細かく分ける、10、あるいは100まで分けられるというこの2つの条件を前提に商品分類表を作ることによって引き起こされる。

商品分類表は、仕入から販売までのデータをまとめる入れ物の役割を果たす。
売上、仕入、在庫、値入、値下、粗利、…..等々、様々な項目について数量、金額、率などを集計する際の単位となるから、現実問題として、データを分析する際の単位、言い換えると計画する際の単位がどのようなものであることが最も実態をよく表し、また作業しやすいか、データを扱いやすいかという「使い方=目的」を重要視する必要がある。
かつて、ある企業は2,3年ごとに商品分類を変えていたため、長い間、昨年比を正確にとらえることができなかった。
また、別のケースでは、あまりにも細かく分けすぎたために、それぞれの分類単位の占める比率が細かすぎ、また作業も煩雑なために、まともにデータを分析することができなかった。
商品分類表を見れば、ある程度その企業のデータ活用のレベル、さらには情報システム(活用)に関する理解度のレベル、情報システムの完成度(業務とのマッチング)を知ることができる。
重要なことは、どれだけ多額の投資をしたかという情報システムの金額ではなく、実際に業務の精度を高めるためにどれだけ使いやすいか、有効活用できるかという効率や貢献度合いである。
データばかりたくさん取れてしまう時代になったが、その割にはデータとは何か、どう使うのがよいのかという最も基本的なことに関する理解は今一つ進んでいないように思える。
デジタル分野は急激に進化したが、現実とデジタルが持つ能力をつなぐ人間の頭、思考技術はまだ周回遅れにある。20世紀の遺物である情報システムや思考回路が残って幅を利かせていることを考えれば、進化は当分の間、遅々として進まないのだろう。
上野陽一先生ではないが「こうしちゃおられん」という気分である。

勉強って何?

テレビで中学受験を追いかけた番組企画を見る機会があった。また、勉強ができる子はどのような勉強の仕方をしているかなどの記事を目にすることも増えたような気がする。
勉強は教えるが、勉強の仕方は教えていないなどという記述を見ると、それでは、そもそも「勉強とは、いったい何だと解釈しているのだかろか?」と疑問に思ってしまう。
「勉強しろ」といっても「勉強の仕方」は教えない。「勉強の仕方を教えてないじゃないか」と疑問を呈している人が、実は「勉強とは何か」については触れずに、算数はこうして、英語はこうしてという標準作業の提案をしている。
これでは、いつまでたってもクリエイティブな子供など育つはずがない。
もし、テストの点を取りたければ、AIを用いている塾の方が合理的だろう。
テストの点は問題の範囲、傾向、解き方のテクニックなど、いくつかの要素に分けて分析し、取り組めば確実に上がることは分かっている。それを合理的に行うAIのプログラムも開発されて効果を上げている。
問題は、テストの点数が悪いとダメという決めつけ、勘違い、それ以前に「勉強とは何か」という最も基本的なことを明確にしない教育の構造とそれに気づかずにテストの点数、標準偏差値ばかりを追いかけている大人たちといったところだろうか。
どう考えても、もっとも重要な幼児期から小学校、中学校で「勉強とは何か?」ということが理解できていないから、教え方も教えている内容も違っているのだろう。
「勉強」は「いろいろなことに興味が持てるよう好奇心や観察力を養うこと」であるし、「モノ・コトを分かりやすくするための工夫」であるはずだが、どうも知識やテストの点を取ることと勘違いされる。
別に知識を否定しているのではなく、知識ならWeb上にたくさんあるから、それをコンピュータと競争しても始まらないことに早く気付くべきだと考えているだけである。
いわゆる賢い子は、知識の得方、記憶の仕方、論理の組み立て方などを工夫して、自分なりのパターン、法則を見出して使っている。
テストの点数の取り方=あるパターンの問題の解き方を覚えても使わなければすぐに忘れる。そんなことに大切な成長期の時間を費やすことなどもったいなくてしょうがない。
以前も別項に書いたが、義務教育、今の間違った教育体制を拒否する権利が必要である。
重要なことは、いろいろなモノ・コトに興味を持ち、観察して情報を得、それを工夫して理解しやすく整理する(法則性を見出す)能力=実技を身につけることである。
この能力は、状況が変わっても、表面的な知識が陳腐化しても活用できる。一定の範囲に限定されるが、よほどのことがない限り高い普遍性を持つ。
そのような能力を身につけるために、決して答えを与えず(質問によってヒントは与える)、自ら工夫して能力を開花する手伝いをすることが本来の「教育」のはずだが、今はそれを大きく外れて考える、工夫するというチャンスを奪ってしまっている。
少なくとも文盲率が高く、「読み・書き・そろばん」が重要だった時代のままが現在の教育というのでは、子供の可能性をはじめから否定しているのと同じである。

強い商品部組織をつくるための業務デザイン

◆強い商品部組織をつくるための業務デザイン
商品部組識のあり方、果たすべき機能について定説はなく、各企業の生い立ち、考え方、業態、企業規模、企業の成熟度合、仕入形態など、様々な条件により異なっている。
歴史的に見ても、人の移動に伴って様々な企業・業態のやり方が、人に付随する形で他の企業・業態に移植され、そこでまた独自の進化をするというように様々な考え方、手法、形態が交雑する形で出来上がっている。時として、MR(市場調査)、差益など、使う用語で出身企業が分かったように、それぞれの企業が独自の歴史、企業文化を持っており、それらが交雑すれば組織として一つのまとまったものが出来上がることは難しい。
したがって、多くの場合、業務/組識は、業務設計などの理論に基づいてアルベキ業務/組識が設計されたのではなく、 実践の中で交雑と修正を繰り返しながら現在の形に収束してきた。
組織を作ってきた人、組織の歴史、風土など様々な要因によって、様々な組識形態をとりながら流動的な運用が行われて来たというのが小売業の歴史である。
それらの状況が特に集約されて、顕著に表れているのが、商品部、販売部、店舗運営部などの営業部隊であり、部門構成や商品分類体系などの管理体系である。
しかし、様々なレベルにおける交雑の結果は、一つの思想、理論に基づく理路整然とした体系にはならない。いつの時代も課題としてあげられるのは、商品部と販売部の機能(役割)/責任分担、特に重要な役割を果たすと考えられる商品部の機能、業務の仕組み、手法、人材育成などである。
多くのチェーンストアにおいて商品部組識は、業界( メーカー、卸など )出身者によって形成されてきたという歴史がある。既にほとんどのチェーンストアでプロパー社員に入れ替わっているが、商品部組識にはこのような人達によって職人的、ブラックボックス的に運用されてきた名残がある。組織的、科学的なシステム(仕組)、技術・ノウハウではなく、個人の経験・ノウハウに依存している点である。したがって、いつになっても人材育成ができず、個人の人脈、センス・能力、モチベーションなどに頼る状況から抜け出せないでいる。
「販売技術」「商品構成技術」など、現場で行われてきたことを製造業のように「技術」として認識し、体系的にまとめてこなかった結果である。

一方、POSの導入によって商品登録・マスターメンテナンス、データ分析という煩雑な作業が加わり、さらに輸入商品などアイテム数の増加に伴い間接作業的業務は著しく増加している。さらにデータ分析が標準化されていないこともあって、個々人のスキルによってデータ活用のレベル、データ加工に要する時間も大きくばらついている。
既に、個人の能力だけで全てを処理できる状況にはなく、組織として、どのような機能を果たすべきか、そのためにデジタル技術をどのように活用し、どのような業務(仕組)/組織/システムによって対応すべきかが非常に重要になっている。
当然、これだけデータが増えた状況を考えれば、商品部/販売部組織内(あるいは外)にデータを一元管理し、意思決定を含む様々なレベルのマネジメントの精度を高めるためのサポート機能/専門部署が必要なことは言うまでもない。
ここでは、商品部組織に重点を絞っているが、MD(merchandising)全体を統括することを考えれば、商品部、販売部など組織を問わず、営業面を一元管理する全社の共通言語ともいうべき情報システムの構築は不可欠である。
*単にデータをストック、排出するだけの情報システムではなく、個別に2次加工、3次加工を施さなくても、意思決定にそのまま使えるように加工された帳票、グラフをアウトプットできる情報システムが必要である。
しかし、多くの企業でデータ量の多さ、情報量の多さこそが業務の精度を高めるという錯覚、勘違いがある。業務プロセスのそれぞれの段階で意思決定に必要な情報は限られるが、その区別なく、ソースデータに近い状態で全てをプールし、干し草の山から針を探すような作業を強いれば、時間などいくらあっても足りなくなる。しかも、データ活用については組織として明確な標準も定義も無く、業務は個々人のやり方に任せていれば、データのとり方、加工方法、活用方法もマチマチになるから組織としてのレベルは維持できない。
現実問題として、辞令が出ればその日からバイヤーとして業務に当たらなければならないが、標準化されない業務実態が商品部、バイヤーを混乱させているのは多くの企業に共通する事実である。
以前であれば、「仕事は自分で作るもの」「技術は盗むもの」などと言って済ませることもできたが、今はそのような時代ではない。
ディストリビューターもまた同様である。バイヤーとの棲み分け、補完関係など、役割分担は実に曖昧であり、ディストリビューターしての業務機能が明確に定義されているケースは少ない。
スーパーバイザーにいたっては、バイヤーやディストリビューターのような商品に関する権限もなく、店舖に関する権限も持たないケースがほとんどである。組織的にどう位置付けるかという問題がクリアできない限り、権限が曖昧な状態で各部署を回って頼みごとをするしかない。業務設計がなされていないと形骸化した非常に中途半端なポジションになってしまう。
いずれも、共通するのは組識・役職としてどのような機能を果たすのか・業務を行うのか、ということが曖昧なまま組織を作ってしまった結果である。
このような場合、結果として「任に当たる人」に仕事の組立てを依存するため,人によって業務内容、果たす機能、手法、ネゴシエーションなどが異なり組織的にも安定しないし、人が変われば継続できない。
◆業務設計
業務/組識設計の手法に業務機能分析、T(Task:課業、仕事)/R( Responsibility:責任部署 )マトリックスという手法がある。T/Rマトリックスは、業務機能分析により明らかになった業務機能をモレ、重複、偏りが無いように組識に割り付けるための手法である。
業務機能分析では、業務を目的的にとらえ、業務機能という観点から全体を体系化していく。必要となる業務機能を設計的にとらえるため、モレや重複がないように設定することができる。この業務機能の体系を基に機能的なモレ、弱体、重複などの問題点を発見し、改善していく。
このような考え方、手法を参考にして商品部組識の問題点とアルベキ姿を検討してみる。
規模にもよるが、組識的に未成熟・未分化な状況では必要と考えられる機能が曖昧であり、明確に業務/組識の中で位置づけられることは少ない。
図表-1 業務機能と役割分担では業務機能を大きく取引先関連、商品関連、新店・改装関連、販促・チラシ・POP関連、コンピュータ関連、データ分析関連、他部署関連、店舗指導関連というように8つのブロックに分け、さらに主要な業務機能60をリストアップしている。
責任部署・役職としては、商品部=マネージャー・バイヤー・業務担当、ディストリビューター部=マネージャー・ディストリビューター、スーパーバイザー部=マネージャー・スーパーバイザー、販売部=マネージャー・スタッフ、店舗=店長・マネージャーを設定している。
①このマトリックスを用いて業務機能を各部署・役職に割り付け、また実際の運用状況を確認する。
自社の考える業務、あるいは実態として行われている業務の中にモレや弱体(機能の達成レベルが低い)、重複(複数の部署が同じように行っている)、偏りなどがあるかどうかを確認する。
図表-1をヒナ型にして自社版を作成し、確認すると良いだろう。
②次に、自社の現状組識を考慮してどのような役割分担になっているのかを確認する。
もしも明確な業務の記述ができない(明確な業務機能を持っていない)部署があれば検討し、修正する。また、業務機能との対応が極端に少ない(漠然とした業務しかやっていない)、あるいは極端に多い(業務機能が一ヶ所に集まり過ぎているため実際には達成レベルが低いことが多い)部署があれば組織的な役割分担に問題があると考えられる。

◆組織のパターンとポイント
図表-2 組織的な組合せのパターンは商品部に関する基本的な組み合わせのパターンを示したものである。通常は、バイヤー(以下BY)、ディストリビューター(以下DB)、スーパーバイザー(以下SV)が一般的であるが商品部の事務的な業務の処理を考えて業務担当を加えている。
BYの担当範囲に定説はなく、ホームセンターなどでは一人で10,000SKU近くも持っているBYもいる。実際には取引先に依存せざるを得ないので、BYが独自の戦略に基づいてどこまで商品構成を行っているのかは定かではない。ただし、多ければ多いなりに商品を層別してグルーピングするクラシフィケーション(classification;商品特性の類似性によってまとめられた群管理)のような手法が有効であり、状況に応じた手法を使い分ける知恵が必要になる。
また、あまり細かく担当を分け過ぎても商品群間でスペース、在庫枠、仕入枠などを調整する自由度が小さくなり、バイイングがしづらくなる。
また、一人のバイヤーが複数の業態にまたがるバイイングを行うことも避けた方が望ましい。業態の違いを表現するための簡単なやり方として取引先をかえるという手法もあるが、同一バイヤーが同じ商品群について業態の違いによって複数の取引先を使い分けることは物理的に言っても難しい。
また、SVについてもコンビニエンスストアが一人のSVが担当する店舗が8から10店であることを考えると、ある程度商品の範囲を絞ったとしても同じぐらいの店舗数が望ましいだろう。1週間に5日、1日に2店舗ずつまわると必ず1週間に一回は全店をまわれることになる。
(1)パターン1;BYのみ
一番シンプルなパターンである。小規模な企業で機能的にも未分化な企業に向く。店舗数が少なく、本部コストをあまりかけられない場合、このような形態を取る。BYの人数も少なく、一人のBYが担当する商品の範囲は広い。
BYが果たす役割は大きく、全てを一部の人が動かしている。商品的には取引先に依存する部分が大きい。
(2)パターン2; BY+ 業務担当
パターン1のBY業務が煩雑になり、対応が難しくなってきた時に向く。業務担当がBYの秘書的な立場で商品登録などの事務処理を担当することでBYの負荷を軽減し、本来業務のウェイトを高めることが可能となる。ただし、パターン1とは本質的には変わらない。
(3)パターン3; BY+ DB
パターン2とは明らかに思想が異なる。パターン2が事務処理のために業務を置いたのに対し、DBを置く場合は、明確な機能を持たせることを前提としている。DBはあらゆる段階( 取引先から店舗 )での商品コントロール機能を前提とする。
従来、BYだけではできなかったような数値による客観的商品コントロールや投入パターンの設定などをDBが行うことで業務の精度が高まる。
(4)パターン4;BY + 業務担当 + DB
かなり組織的には機能分担が進んだ状況である。業務担当が事務的な処理を集中して行い、DBが店舗との対応を含めた商品コントロールに当たる。そうすることでBYは、取引先との対応、商品企画・開発など、より戦略的に動くことが可能になる。
(5)パターン5;BY + SV
パターン2,3と同じようであるが思想としては全く異なる。BYが商品の仕入、投入を担当し、SVが店舗の指導に当たる。ただし、対BY、対店舗という点で SV の権限の設定が難しい。SVの権限が無い状況ではパターン1のBYのみの状況と本質的に変わらない。
(6)パターン6;BY + 業務担当 + SV
この場合、店舗指導としてSVがいるためその分BYは業務担当に対してDB的な機能を要求しやすくなる。パターン4がどちらかと言えばBY,DBによる本部主導型であるのに対し、パターン6はより店舗に近い形であると考えられる。
(7)パターン7;BY + DB + SV
現在ある一番オーソドックスなパターンである。しかし、組識だけ分かれていて実際の運用では業務機能が曖昧であることが多く、BY,DB,SV間の機能分担は難しい。BYについては、商品の仕入を行うということで比較的業務機能としても明確であるが、DB,SVの果たす役割となると設定次第で変わってしまう。特にDB,SVに関しては業務機能が明確になっていないために失敗するケースが多い。やはり、組織図から入るのではなく、業務機能を明確にした上で組識に割り当てる必要がある。
(8)パターン8;BY + 業務担当 + DB + SV
通常はパターン7までであり、ここまで分化するケースは珍しい。ただし、BYの業務分析を行うと、POSの商品マスター登録・メンテナンス、チラシ原稿の作成、新店・改装に伴う陳列・販売応援など本来業務とは関係ない「作業」に費やされている時間が50%を超える場合すらある。このような場合、その分の人時を人数に換算して別の役職を作り、機能分担
をすることでより本来業務に集中できるので効率は上がる。ただし、組織的には細かく分かれれば分かれるほど調整が必要になり効率は落ちる。したがって、本来業務に集中できるメリットと機能分化したために発生する調整というデメリットのバランスをどこで見極めるかが重要になる。

◆まとめ
商品部組識は、個々のバイヤーやマネージャーが果たさなければならない業務機能が曖昧であることが多く、実際には個々の能力の範囲、自分流の考え方、やり方で業務が行われることが多い。チームMDも言われるようになっているが、それはプロジェクトを組むような大型の案件に限定される。
重要なことは、組識の形ではなく、そこで設定された業務機能が明確であり、モレや弱体、重複、偏りが無いことである。
また、意思決定プロセスにおけるデータ、情報活用など、共通言語としての手法の標準化も重要である。
現在のようにデータが溢れ、しかも変化の速い時代には、本来業務を的確に行える組織の方が強い。単なる思い付きのバイイングや機械的な作業の繰り返しではパフォーマンスのクオリティが低く、業務機能を確実に果たすことは難しい。
業務機能とそれを達成するための具体的な業務(仕組)/組識のバランスが取れた組織を実現することが必要である。