第10回 小さな企業のメリット-4

1. 小規模マーケットの時代
 99プラスの好調に目を付けたローソンが100円コンビニを展開して注目されている。
業績が回復しない限り(現状では考えににくいが)、大企業もなりふり構わず、さまざまなことに手を出してくる。
 一方では、新しい時代に適応した急成長企業も生まれており、その動きは激しい。
 しかし、冷静に状況をとらえると、マーケットの変革期ほどビジネスチャンスは大きいものである。従来の価値観では計りしれない商売の形態が出現する時期でもある。
 先回、事業展開マトリックスで説明したような物販を中心としない事業分野はアイデア次第で無限の可能性を秘めている。個人事業でなければ成り立たないような小規模市場も大企業には容易に参入できない残されたマーケットである。
小さな企業がその特徴を活かして成長するためのキーワードを整理すると、次の3つに集約することができる。
①事業展開マトリックスに示した物販以外をメインとするビジネス
②他社が簡単に真似できないような技術・ノウハウを要し、手間暇のかかるビジネス
③コスト構造の違いから大企業では簡単に採算ベースに乗らない小規模市場
いずれも、大企業が資本力にものをいわせて参入することが難しい分野であり、小さな企業がコツコツ拾っていけるマーケットである。

(1)成功企業に見る共通点
 先日、『スモールメリット』をテーマとするある団体主催のセミナーがあった。
筆者が基調講演を勤めたが、企業家の事例発表はまさに本物であり、説得力あるものであった。
 大型家電量販店の出店に対し、逆に顧客件数を絞り込んでサービスレベルの向上を図った家電専門店、都市部に小型店を集中出店するプチ食品スーパー。
立地、取扱商品、商売の形態などは違うが共通する点は多い。
①家電専門店
 家電専門店の社長は、『高齢化が進めば進むほど我々の商売にとって益々有利になる』と言い切る。長年に渡り培ってきた顧客との信頼関係ゆえの自信であろう。
 営業社員は、チョットした蛇口の水漏れぐらいは訪問したついでに直してくるという。確かに専門的な工具があり、このような作業に慣れていれば10分もかからない簡  単な修理作業である。しかし、知識も経験もない人にとっては何処から手を付けてよいのか全く想像もつかない大事である。専門業者を呼べば、100円もしない部品の交換、僅か10分足らずの作業に数千円は請求される。まして、このような物騒な時代である。高齢者にとって、全く知らない人を家に上げることはできるだけ避けたい。
 お客が困っていることに対して日常的なケアをしている営業社員は、客先で食事をご馳走になったり、ご祝儀をもらったりすることもあるという。すでに家電専門店の営業社員と言うよりは、信頼できる相談相手とも言える地位を確立している。
 このような状況を短期間に入手することは難しい。何事にも手間隙かけず、資金力だけを頼りにしてきた大企業には理解できない世界だろう。
 小さな企業が生き残るために開拓してきたマーケットであり、家電量販店が大きな店舗をたくさんつくっても決してカバーすることのできない独自のマーケットである。
規模の大小とは関係なく、マーケットに密着して生き残る強い企業の事例と言ってよいだろう。

②都市型プチ食品スーパー
 公設市場からスタートしたというこの食品スーパーは40店舗253億円(平成17年2月)、僅か3年で二倍近い成長を実現している。赤字店舗は出さない、という徹底した利益コントロールの仕組みを持ち、順調に業績を伸ばしている。
 店数だけを見ると一見チェーンストアのようでもあるが、『本部はコスト部門』と割きって最低限の本部機能・人員(数名)しか置かず、全ては店中心に動いている。
仕入(バイヤー)も店長が兼務しており、専従する商品部組織はない。
 店舗は居抜き物件が多く、店舗面積、形状などはみな違っている。基本的なレイアウト・フェイシングなどはあるが、細かな部分については各店で調整する。
 一つの頭が数多くの身体をコントロールするというチェーンストアの形態ではなく、独立して動くことのできる店舗がアメーバ状の集合体を形成しているというイメージである。
 今後、首都圏への進出も考えているというが、このままの形態で店舗数を拡大していくのではなく、適正規模の集合体(30~40店舗 200億円~250億円くらいのビジネスユニット)を確立し、その『クローン』を別エリアへ移植するという方法がよいだろう。
 これまでのように一律に同じ店舗を数多くつくるというのは、あくまでも標準化=画一化という誤認から生じたものと考えられる。実態を無視した理屈はマーケットを無視した店づくり、商品構成、店舗運営などさまざまな弊害を生みだしてしまった。
既に多くの事例が証明するこのようなチェーンストアのジレンマ(理屈上、店舗レイアウト、商品構成、フェイシング、人員面などあらゆる面で全店を同じにして一つのシステムでコントロールしようとするが実際の運営では決してそうはならない等々、絶対に埋まらない理屈と実態のギャップ)に陥らないためにも、コントロール可能な適正規模のユニットを確立し、そのユニットのクローンをアメーバ状に増殖させる方法がよい。
 資本は持ち株会社をつくればよく、独立したユニットは立地するエリアの経営環境に適応して進化する。
 立地条件が異なり、マーケット・ニーズが異なれば同じDNA(遺伝子)を持つユニットが異なる進化を辿ってもおかしくはない。いたって自然なことである。
 重要なことは、『個々に完結する独立した店舗集団=プロトタイプ(雛形)となるユニット』を確実につくるあげることである。
 チェーンストアが一つの頭(全ての権限は持つが権限と表裏一体の関係にある責任は果たせない)と頭を持たない数多くの身体(状況認識できず、意思決定できず、修正できない)で構成されていたのとは異なり、頭を持つ(認識できる、意志決定できる、修正できる)店舗の集合体(運用に適した規模のユニット)がクローンをつくって全体を形成するというのが理想である。
 この企業がどのように発展するか、楽しみである。

(2)原点回帰
 これらの企業は、一見すると他の大手企業とは全く異なる思想、生い立ちの企業のようにも見える。
 しかし、セミナーに出席していた大学の教え子が『ひょっとして、昔はダイエーもこうだったのですか?』と訊いてきたように、おそらく初期の小売業は皆このようにしてスタートしたのだと思う。そうだとすると、何処かで何かが狂ってしまったようである。
 筆者の解釈はこうである。
 どのような企業でも、はじめは、店舗立地や店舗規模、レイアウト、商品構成など標準的なものはなく、バラバラである。
大きくなるために必死になっていた時期であれば体裁を整えることなど後回しである。全ては実態の中でしか動いていない。
 ところが、企業規模が大きくなり、現場とは別の部署が専門的に計画をつくり、統制するようになると現場に指示、伝達するためにさまざまなものの体裁を整えはじめる。
 かくして、実態の中でのみ動いていた組織は加工された『情報』を媒体としてしか動けない組織となる。
 おそらく、アメリカ小売業に関する先進的な情報も日本に紹介されたチェーンストアという経営形態も『情報』という意味では全く同様と考えてよいだろう。
 全ては実態ではなく、抽象化し、象徴的に表現した『情報」が伝わっている。しかし、受け手にはそれらの情報が実態を抽象化、象徴化したものであるということは伝わってこない。
 例えて言うとこうである。
 『人間』について絵を描いて説明する。頭があり、胴体には手と足が二本ずつついている。頭には髪の毛があり、眉と目、鼻、耳、口がある。一見すると肌はツルツルしており、髪の毛と眉以外に毛などは見当たらない。
ところが、そのように教わってきた人達が実際に『人間』を見ると顔にも腕にも足にも体中に毛が生えている。これは『人間』とは似て非なるものだと思い、説明された通りの『人間』を探し回る。
 いま流行りの『萌え』にも似ているが、抽象化され、象徴化された世界を追い求めると、現実とは全く異なるものへ行きついてしまう。本物が何かを見失えば、いつまで経っても『人間』という実態に辿り着くことはできない。
 『情報』を媒体として頭だけで考えた結果であり、情報というものが抽象化、象徴化されたものであるということを理解できなかった結果である。
それが、教え子の『ひょっとして、昔はダイエーもこうだったのですか?』という一言に凝縮されていたような気がする。
小売業は実態からスタートし、全ては実態の中で完結していたはずである。ところが、
 大きくなりすぎた企業はいつしか現場という実態を忘れ、情報だけで全てを判断する組織へと様変わりする。他社情報にやたら詳しい経営者が自店の実態については全く無知というケースもある。全ては勘違いである。
情報の世界にはまり、日常的に来店するお客が誰で、どんな生活を送り、どんなことで困っているかという実態の世界が分からなければ小売業は成り立たない。
1兆円の売上も100円、200円の積み重ねであることを忘れてしまえば小売業を維持することは難しい。
 そのような意味では、情報の世界にはまって実態を忘れてしまった企業を反面教師とし、事例のようなすばらしい企業家が生まれてくる環境が整いつつあるのかも知れない。いつまで経っても『昔は..』と言われない本物の経営者、本物の企業が出現することを期待している。

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