第8回  小さな企業のメリット-2

1. 小さいということをどのように『理解』するのか
(1) 小さいことのよさを整理してみる
 これまで『スケールメリット』『バイイングパワー』など大きいことばかりがよいことで、小さいことはあくまでも不利というのが一般的な常識であった。
 しかし、環境の変化によって、これまでのように大きな企業が成長し続けることはかなり難しくなっている。
 また、先回、個人商店と企業が経営する店舗のコスト構造の違いについて触れたように、一つ一つ冷静にとらえてみると必ずしも小さなことが一方的に不利ということにはならない。
 特に運営面での違いは、小さな企業が大きな企業と差別化を図り、生き延びていく上でメリットとしうるものが多いと言ってもよいだろう。

 例えば、あるディスカウントストア チェーンではレジの所に1円玉を入れた小さなアクリルの箱が置いてある。精算する際に一円玉が足りないお客に使ってもらうためである。(お客は、状況に応じてその箱から4円まで使ってよいことになっている)
 1円(厳密には1円~4円)足りないために発生する9円(9円~6円)のお釣りの受け渡しは、お客にとっても店側にとっても煩わしい作業である。
 たかが1円であるが、お客にとっては何かとても得をしたように感じるし、店側としても大きなコストをかけずにレジの作業性を高めることができる。
 IE(Industrial Engineering 業務・作業改善のための考え方・手法)的に考えると、お客が財布から小銭を探して取り出す手間とレジで釣銭をピッキングする手間の数が軽減されることでレジの処理時間は短縮される。
 筆者は過去にホームセンターの改装セールで10円未満を切り捨て、レジの精算時間の短縮を図ったことがある。主たる目的は如何にレジの処理時間を短縮し、お客を効果的に流すか(駐車場とレジの流れをよくすることで確実に売上のキャパシティが高まる)ということであったが、結果的にお客からは得をした気分になるということで大変喜ばれた。お客にとっては、レジでの精算が早く済むこと以上に多少の金額でもまけてもらえることにインパクトがあったようである。

 このディスカウントストアの場合、箱に『ご自由にお使い下さい』という旨の表記はあるが、知らない人から見ると募金箱が置いてあるようにしか見えない。
従業員にどのような指導をしているのか定かではないが、お客が小銭を探していても、レジでさりげなく1円玉の使用を勧めているという光景はほとんど見られない。また、お客がそのようなサービス(仕組み)があるということを熟知していて便利に活用しているという様子も見受けられない。

 企業が大きくなり、パート・アルバイトなどさまざまな身分の従業員が増えてくると運用はどうしてもマニュアル任せになる。
どんなによい仕組みを考え出しても、その趣旨を皆が理解した上で運用に当たらない限り、本来の目的通りに活用することは難しい。
 3店舗、5店舗なら比較的容易にできることも50店舗、100店舗という規模で、しかも一定以上の水準を維持しながら実施することは難しい。
 小さな企業であれば運用に当たる人数も限られる。店数が少ない、従業員数が少ないことをメリットとして活かすことは小さな企業にとって重要な戦略の一つである。

(2)小さなことのメリットを活かす取り組み
 筆者が小さな企業に指導している内容は、『大きな企業がやりたくてもできないことをやることで差別化を図る』ということである。
 小さな企業が大きな企業と伍して戦う、あるいは大きな企業を超えてより有利な状況を創り出そうとした場合、お客に喜ばれることでありながら大きな企業では簡単に対応できないことを徹底的に洗い出して取組むとよい。
 『全てはマニュアルを超えたところにある』と考えてよいだろう。

①従業員が普段から飴やゼリーを用意しておき、小さな子供が来店すれば保護者に『あげてもよいか』という確認した上でそれを子供にあげる。子供にとって、なくてはならない店舗である。
②ある園芸店では、雨が降ると生もの(苗や鉢物といった植物)が2割引になる。雨による客足の減少を逆に増加に変える有効な手立てとなっている。しかし、チェーン展開するホームセンターが全社的に取組むにはなかなか難しい。
③ある八百屋では、買い物客の顔を覚えており、いろいろな商品をまけてくれる。また、半端に残ったものであれば無料でくれたりもする。全ての商品をパックしてしまい、売場に従業員がほとんど現れることもない食品スーパーでは考えられない。
④ある八百屋では、食品スーパーでは絶対に手に入らないような珍しい商品を取り扱っているだけではなく、調理の仕方、美味しい食べ方なども教えてくれる。
全ての店で扱えないような少量の商品、セルフサービスで売れない商品(接客しないと売れない商品)は扱わない食品スーパーでは、とても対応出来ない。
⑤あるドラッグストアでは、一定以上の金額を買上げたお客に試供品や粗品、低価格の商品(特に原価率の低いものであれば、お客に見える商品価格の割にロスが少なくて済む)などをさりげなくあげる。
⑥あるドラッグストアでは、先に挙げたディスカウントストア チェーンの真似をして1円の半端が出た場合には、お客に1円玉の提供をしている。状況によっては端数を割り引くこともする。          .............等々
                            
 一つ一つをとらえてみれば、別にたいしたことではないようにも思えるが、実際にこのようなサービス(厳密にはサービスと言うよりは販売促進のパターンと考えた方がよいだろう)を提供している店舗はほとんどない。
 昔であればあったかもしれないこのようなサービスもチェーンストアばかりの現代にはなかなか実施することが難しい。
 理由は簡単である。従業員による『不正』の温床となるからである。
 チェーンストアの運用で重要なことの一つは、従業員による不正の可能性を仕組みによってことごとく排除することである。
 さまざまな人が従事する大きな企業では、従業員の裁量による金品の授受を極力避けなければ、何時、何処でどのような不正が発生するか分からない。特に小売業の内部事情をある程度熟知した者であれば、不正を働くことはさして難しくないということも大きな要因となっているだろう。
 アメリカでPOSの普及が進んだのも従業員による『不正』を極力避けるためという理由があったと言われている。
 企業規模が大きくなれば不正の規模も計り知れなくなる。企業が正当な利益を確保し、組織を統制していく上では重要なテーマである。

 しかし、お客の立場からすれば、そのためにつまらない買物を強いられていることも事実である。ここに挙げた事例のどれ一つをとっても、自分がお客として買物をした時にしてもらえれば嬉しいことばかりではないだろうか。
 ある意味では買物の楽しみ、醍醐味と言ってもよいのかもしれない。
その証拠にアメ横へ行けば相変わらず叩き売りのような売り方が支持されているし、値引きしない販売などは考えられない。
 例え5,000円の表示がある冷凍マグロが何時でも1000円で買えたとしても、誰も不当表示だと騒いだりしない。お互い分かってやっているのだから、その雰囲気の中で買物が楽しめれば十分である。
 大きな店をたくさんつくって、マニュアルでがんじがらめにし、買物の楽しみを奪ってしまったのがチェーンストアだとすれば、もう一度買物の楽しさをお客に取り戻すことができるのは小さな企業と言うこともできるだろう。

2.構造の見直し
 小売業の成り立ちを考えて行くと『市』というものにたどり着く。余分にできた物、余分に採れたものの交換、売買が発展し、専門に作る者、専門に採る者、専門に売る者というように役割分担が進み、現在のような製造、物流、販売などへと機能分化している。
 しかし、人口が減り、高齢化する中で物も店舗も溢れ、これまでのように物はたくさん売れなくなっている。
売ることに特化した小売業がその規模故に高コストとなり、自店を維持することが難しくなる日が来るかもしれない。
 筆者の自宅近くでは、小規模農家が無人販売所を数多く設置している。品質はまちまちであるが、ほとんどの物が100円という価格であり、中には食品スーパーよりもはるかに価値観のあるものが数多く見受けられる。
 もし、これらの無人販売所を一箇所に集めたら簡単な『市』ができることになる。
食品スーパーでなくても、とりあえず必要な野菜くらいは揃う。足りない物は食品スーパーで買えばよいから、毎日全ての商品が揃う必要はない。それでも、これまでよりもはるかに新鮮で品質のよい野菜が安く消費者の手に渡るようになるかもしれない。
 すでにインターネットによるオークションやテレビ通販などで店舗を構えた小売業の役割は綻び始めていると言ってもよいが、このような無人販売所を有効に活用する企業が現れてくると、さらにその綻びは大きなものになると考えられる。
 大きな企業にとっては自己否定になるから、分かっていてもなかなか取組むことはできないだろう。
 これまで絶対のように思っていた流通構造に大きな変革をもたらすことができるのは小さな企業、あるいは流通以外の発想豊かな企業になると考えられる。

 小さな企業のメリットの一つは、小回りが利くことである。大きな企業と違って、守るべきものが少ないだけに自由な発想で事業を組み立てることができる。
 小さな企業にとってチャンスの時代と言ってもよいだろう。

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