物の時代とデジタル・ネットワークの時代  ミスマッチの構図

 物中心の20世紀型産業(社会、経済も含めて)からデジタルとネットワークの21世紀型産業(同)への移行は、先進国、新興国という全く異なる進化過程を持つ多くの地域を巻き込みながら、同時進行で起こっている。
 素材・部品供給、製造、販売、技術、資本関係、投資、税制、為替など、さまざまな側面でグローバル化は進んでおり、このことが「物」に価値を見出す世界と「デジタル・ネットワーク・情報」に価値を見出す世界を混在させ、状況をより複雑化させている。
◆商品(物)の進化と普及プロセス
 先進国は、経済成長・所得向上に伴い、長い時間をかけて自動車や家電製品などの商品(物)が普及した。「デジタルとネットワークの情報化時代」は「物の時代」の次に来るステージというのが、我々が経験的に持つ共通認識である。
 多くの商品(物)はイノベーター理論で説明されるように、はじめに新しい商品に敏感なイノベーター(革新者)、その後アーリーアダプター(初期採用者)、アーリーマジョリティ(前期追随者)などを経て、大量生産による低価格化、大量普及、コモディティ化というプロセスを経る。(もちろん、市場に出ても普及せずに終わる商品もたくさんある)
 メーカーは、商品(物)のマイナーチェンジを繰り返し、世代交代を促しながらライフサイクルをコントロールする。その過程で商品は基本機能から二次機能、三次機能へと進化する。
 基本機能は、例えばテレビであれば映像が映り、音声が出るというように、モノがモノとして存在する上で必要最低限具備すべき条件である。
 二次機能は、商品(物)に物理的に付加された基本機能以外の副次的機能、例えばテレビであれば複数のチューナーを搭載し、複数番組を同時に見ることができる、ハードディスクに直接録画ができるなど、主に使い勝手が向上するような周辺機能である。それらはあくまでもテレビの本質を決定づける要件とは異なるが、商品が高度化し、商品の価値を決める上で基本機能のウエイトが低下すると、商品を構成する上で欠かせない重要な要素となる。
 三次機能は、商品という物(機能)から物理的に離れて独自の意味・価値を持つようになったもの、例えば商品・企業ブランドは、信頼性、ステータスなど、商品(物)そのものが直接果たす機能とは別の意味を持ち、商品は本来の機能とは別にそれらの「象徴としての意味・価値」を持つようになる。
 アップルのiPhone、iPadなどが典型的な例であるが、商品個々の優位性やシステムなど商品(物)が物理的に果たす機能とは異なる特別な意味・価値をもつ。スティーブン・ジョブズ(Steven Paul Jobs)氏、氏の行う新作発表会、商品デザイン、ネイミング、…等々。アップルのトータルなイメージは、個々の商品を演出するステージである。
 ファン、信奉者、あるいはカルチャーとも言える要素は、個々の商品(物)を超えた次元で重要な役割を果たす。情報量、情報の伝播速度が増幅されるデジタルとネットワークの時代にはメーカーと消費者という単純な関係は崩れさり、様々な立場からネットワークを通じて情報が発信、配信されるから拡散の仕方は複雑である。
 三次機能の持つ意味・価値も当事者の手を離れた情報空間で増幅するから、デザイン、マーク、ロゴなど、象徴、識別するための記号は重要な役割を果たす。 
◆先進国と新興国の進化の違い
 先進国は物を中心とした20世紀型産業によって経済成長し、自動車や家電製品など多くの商品(物)が充足たした。時間的な経過、技術の進歩など、あらゆる観点から見ても、デジタルとネットワークの情報化時代は物の時代の次のステージと位置づけられる。
 それに対し、新興国では「先進国のデジタル化・ネットワーク化・情報化」が新興国の経済成長を促し、その結果として商品(物)の充足へと向かうという全く逆の進化をしている。
 先進国が経験した商品(物)の充足・商品(物)の進化過程など、先進国が経験した「物の時代」を飛ばし、先進国が得た成果を移植する形で、いきなり完成度の高いデジタルとネットワーク環境を、しかも低価格で提供したことが重要な理由である。それは先進国が新興国に対し、生産基地としての近代化を求め、提供したものであって、歴史的に見ればいつの時代も同様のことが繰り返されている。
 大きな違いがあるとすれば、これまでは「物」という同軸上で起こっていたことが、今回は物から「デジタル化・ネットワーク化・情報化」という異質なものへ移行するタイミングで起こっているという点である。
 物の時代を長年経験し、その枠組み・秩序の中でしか物事を発想してこなかった場合と、いきなりゼロの状態からデジタルとネットワークの世界に入る違いは大きい。
 例えば、長年技術を磨いてコツコツと物づくりをしてきた人が、いきなり、全く同じものを3Dスキャナーで計測し、3Dプリンターで作る様子を見たら、どのようなリアクションを取ることができるだろうか。
 しかし、この状況に適応できなければ、変化のスピードと圧倒的なボリュームに瞬時にして押し潰されてしまう。
 日本の製造業にありがちな「良い商品さえつくっていれば….」という妄信は、物に帰属する基本機能の性能を高めたり、二次機能を付加したり、というように物をベースに置いた物時代の発想でしかない。
 デジタルカメラがスマートフォンに押されて売れなくなったから高性能な機種、ミラーレスへとシフトする、液晶テレビの巻き返しに3Dテレビ、或は、よりきれいな4Kを…という発想も同様だろう。
 デジタル化は、モノづくりをチップと限られたユニットの単純なアッセンブリに変えてしまった。コピーによって大量生産されれば単価は下がり、大量に普及することで専門的な商品もコモディティ化する。
 大量の論理では、マーケットが仕様と価格を決めるから、どんなに「良くても高価な物」はコモディティに向かない。
 マーケットのニーズが高価格でも高性能な商品を求めてるのか、一定の性能・利便性さえ満たせば低価格の方がよいとするのか、あるいはアップルのように個々の製品だけではなく、ソフト、全体システム、ブランドなどトータルなライフスタイル=三次機能を高めることを求めているのか、…。
 また、マーケットは先進国を狙うのか/新興国を狙うのか、ターゲットはイノベーター(革新者)か/アーリーマジョリティ(前期追随者)か/レイトマジョリティ(後期追随者)なのか、これから普及する新しい商品を狙うのか/ある程度普及した商品の買い替え需要を狙うのか、一般消費者を狙うのか、初級者・中級者・上級者のどこを狙うのか、…。(それによってマーケットサイズ、設定する商品のスペックと単価、数量規模、売上規模、設備規模、投資規模、…等々、様々なものが大きく変わる)
 先進国と新興国という全く異なる進化過程、異なるニーズを持つマーケット、その中のさまざまなセグメントに対して、どのようにターゲットを設定し、どのように競争し、どのように攻略しようとするのか、冷静に状況を整理しないと戦略を見誤る。進化の方向を見れば、物の時代からデジタル化・ネットワーク化・情報化と進んだ現在は、デジタル機器がまだ単品でシステム化されていない状態からトータルシステムを提供するサービスへと向かっていることは明らかである。
 新興国のパワー・ボリューム・スピード・価格に圧倒されたにもかかわらず、まだ同じ土俵で巻き返しを図ろうと「物=単体・価格・量」に固執している企業はなかなか再起できずにいる。早くに業績を回復したのは「物=単体」を大切にしながら「トータルシステム」「サービス」へと切り替えた企業である。
 
 
 
 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください