誰がはじめに「王様は裸だ」と言うか

 「ティム・ガンのファッションチェック(Tim Gunn`s Guide to style)」というアメリカのテレビ番組がある。以前、NHK教育テレビ(Eテレ)でも放送していたし、BS258 Dlife、CATV(FOX TV)などでも見ることができたから知っている人も多いと思う。
 ティム・ガンは、アメリカの著名なファッションコンサルタントであり、毎回、体型コンプレックスや服のセンスに悩む一般女性を洗練されたレディに変身させる。
 番組では、3Dスキャンを用いて全身を等身大のCG画像に再現し、体型の特徴を客観的に把握することからスタートする。思い込みや先入観を排除し、改めて自分の体型に合うファッション・ルール、自分という人間を表現するのに適した服装のパターンを確認していく。
 ティム・ガンは一方的に意見を押し付け、着せ替え人形にするようなことはしない。ファッション中心に物事の見方・感じ方、アイデンティティ、コーディネイトなど、さまざまな視点から質問し、疑問を投げかけ、時に意見を交わすことで、自らゴールにたどり着けるように導いていく。
 一人の女性がファッションに開眼し、変身していくプロセス、その進め方は、筆者が学生に教えている「クエスチョニング(questioning)」とよく似ている。はじめから答えを与える(クエスチョニングに対してアンサリングanswering)ことはせず、自らが答えを導けるように物事の認識の仕方、論理の組み立て方、結論の導き方などを一つ一つ積み重ねていく。
 「ファッション」を単なる流行の服、高価な服という物の次元で終わらせることなく、一個人のアイデンティティ、人間そのものという次元でとらえている点は大いに共感できる。
コンプレックスを持つ普通の女性が、自分に合ったスタイルを自ら発見し、自立していくプロセス、自信溢れる一人のレディに変身していく様子は、視聴者に大きな感銘と共感を与える。アメリカの視聴者参加番組に共通する重要な要素である。
 アメリカで人気の高い視聴者参加番組には、American IdolやX Factor(米国版)など数々のオーディション番組がある。見ていて日本とつくづく違うと感じるのは、とにかく参加者の個性を大切にする点である。ユニークな個性、持ち味を引き出し、持てる才能を大きく開花させた者が最後に勝ち残る。
 審査員の講評、アドバイスは温かく、毎回「すばらしい!」「番組の歴史の中で最高のパフォーマンスだ」「あなたが誇らしい」「あなたこそ優勝するのにふさわしい」「あなたこそ真のアーチストだ」…等々、自信を持たせ、成長を促す言葉が数多く並ぶ。中には厳しい批評もあるが、すぐに観客からのブーイングにかき消されてしまう。
 自分が応援するお気に入りに送られる審査員の褒め言葉は観客、視聴者を熱狂させる。参加者のパフォーマンス同様、番組を盛り上げる重要な要素である。
何回かに渡る決勝ラウンドの間に歌、ダンス、衣装、メイクなど、さまざまなプロの指導が入り、参加者は予選の時とは見まがうばかりに成長する。
 小さな田舎町から出てきた高校生、歌手になる夢を捨てきれずに細々と歌を続けてきた人が、幾多の試練を乗り越え、最後にはアメリカン・ドリームを手にする。
優勝者は視聴者の投票によって決まるため、まさにアメリカン・ドリームが実現するプロセス、その瞬間を視聴者も当事者の一人として一緒に体験する。
 番組によってアメリカン・ドリームを手に入れて歌手デビューする人は多い。さらに家族、親戚、友人、近隣住人、同じ学校・職場の仲間、同じ町の住人、投票したファン、….、直接、間接にアメリカン・ドリームを間近に知る人は増え続ける。
番組全てが常にポジティブであり、夢がある。American Idolのファイナルでは、数千万の投票があるというから全米が熱狂するのも理解できる。実に大がかりな仕掛けである。

◆新たなマーケットに対応するための発想転換、構造転換
 ティム・ガンはファッションを単なるモノ(商品)にはしないし、オーディション番組はただ歌が上手いだけでは残れない。その人そのもの=アイデンティティが重視される。
 ここに、これからの時代のビジネスに対するヒントがあると考えている。
 さまざまな媒体には「拡大するシニアマーケット」「シニアマーケット100兆円」「団塊&シニアマーケット研究」など数々の見出しが並ぶ。
 すでに2030年には50歳以上が全人口の50%を超え、平均年齢も51歳台になると推計さるから、改めて「シニア」と言わなくても、それが日本人の平均像になる。
対象となる消費者、さまざまな媒体で論じる人、それを読む人、ビジネスの中心にいる人、…、みな同じようにシニアと呼ばれる年齢層の人ばかりになる。しかも、多くの調査研究からは、シニアと言われても自分のこととは思わない、年齢と全くかけ離れた意識をもつシニア像が浮かび上がっている。
 ある意味、特別なことと考えずに自分達の感覚をそのまま生かせばよいような状況にあると言ってもよいのだろう。

 すでに旅行業界ではsightseeingではなく、sight doingと言われて久しい。
A.H.マズローの欲求の階層では、人間はひとたび生理的欲求(食欲、睡眠、性欲など)、安全性欲求(住居、衣服、貯金など)など初期の欲求が満たされ、高レベルの欲求に移行すると、いくら低レベルの欲求を満たしても動機づけにはならないという。
 モノが溢れる日本、その中でもブランドブーム、バブル、価格破壊など、さまざまな消費の形を経験してきた人達は、すでに生理的欲求、安全性欲求から社会的欲求(友情、協同、人間関係など)、自我欲求(他人からの尊敬、昇進など)、自己実現欲求(潜在能力の最大限の発揮)へ移行していると考えるべきだろう。
 マーケットのニーズは、単なる「モノの充足」ではなく、「状況の充足・改善(参加、経験、スキルアップ、自己実現など)」という新たなソリューションテーマに移っている。
 ティム・ガンのファッションチェックやAmerican Idol、X Factorのように、個々の潜在能力を開花させ、個人が進化するようなポジティブなビジネスが重要になる。

 2012年10月1日、日経新聞に「三菱総合研究所が65歳以上を対象に1カ月の被服費として使ってもよい金額を聞いたところ、実際に使っている6千円~7千円程度の倍近い金額を答えた」という記事が掲載された。
 筆者が提唱する「着やすい服」とどこか通じるものがあるが、基本的にデザインやサイズ(体型)が合わないというだけではなく、商業ビル、ショッピングセンターを見れば分かるようにシニアが買えるチャネル=店舗はない。
 20年以上前に婦人物で実験したことがあるが、マインド35歳の商品構成でも十分70歳まで対応できる。当時30歳台半ばのバイヤーがマインド20歳のカジシャツを着ていたことを考えても、デザインやアイテムを年齢と無理矢理こじつけるのは無理があると言ってよいだろう。問題があるとすれば、ショップの形態=チャネルとサイズ(体型、型紙)である。
「 売りたいのに売れない」「買いたくても買えない」という供給側と買う側のミスマッチを誰も指摘せず、長年放置してきたというのが実情だろう。
 「王様は裸だ!」と誰かが声高に叫び続けない限り、マーケットのニーズに応えるような構造転換は起こらない。長い間に染み付いた思考から抜け出すことができなければ新たなマーケットの創出も難しい。

 筆者自身の経験として、日本の場合、標準体形から外れてしまえば、オシャレをしたくても実際には難しい。ファッション、オシャレなどという以前に、着られる服(身体が入る服)を確保することができなくなる。電車の中、街中だけでなく、テレビに出ているアナウンサーでさえ、サイズの合わない服を着ているケースは多い。
 モノは溢れていても知識や着こなしといったソフト、ノウハウ面では後退し、そのことがさらにモノづくりや販売体制の後退にも影響していると思える。
 実際に、さまざまな体型の人と一緒にショップを回り、気に入った服、実際に着られる服(体型的に身体が無理なく入り、フィットする)というキーワードで商品を探してみれば分かるが、標準体型を外れる人が着られる服も、それを売る店もほとんどないだろう。筆者が「着やすい服」というキーワードを提唱した時、周囲の人達(アパレル業界とは関係のない一般消費者)から数多くの賛同が得られたのも、そのような実情に対する消費者の不満、疑問と考えている。
 「なぜ、こんなに店がたくさんあり、モノも溢れているのに、気に入った服で自分に合う服がないのだろう。」そう思っても、それを声高に叫ぶ一般消費者はいないし、マダムトモコのように「無ければ自分でつくればよい」と行動に移す人もいない。
 その結果が三菱総合研究所の調査結果ということだろう。
多 くの人は諦め、ダイエットに励んでいるのかもしれない。事実、筆者は15kg減量して標準体型になってからは若い時と同じような服装に戻すことができている。
 ブカブカで大きすぎる、窮屈で着てはいるが動けないというのでは、いつしか、オシャレすることを諦め、放棄する人が出ても不思議ではない。
 新しいマーケットは、消費者の不満から生まれる。もともと立位で型紙を作っていれば動きに対する想定はないから満員電車で吊革につかまれば、スーツも、コートも窮屈である。消費者から不満の声が上がらないのは、長い間そういうものだと諦めているからであり、いろいろと話していく中からは通勤、通学、仕事など、さまざまな場面における不満や要望を知ることができる。

 すでにファッションという分野も、ただモノとしての商品を大量生産、大量販売する時代から、一人一人のアイデンティティとしてのファッションをコーディネイトする時代(服装を組み合わせるのではなく、企画・場の提供などにより、ライフスタイルを創りあげる、あるいは具現化する)に入ったと言ってもよいだろう。
 ファッションがTPO(time、place、occasion)というのであれば、新たに着て行く場所、用件を企画、創出すれば、新たなニーズ、新たなマーケットの創出につながる。
 子供の入学式、友達の結婚式という非日常ではなく、アメリカで日曜日に着飾って協会に行くのと同様に、子育てを卒業した人達が、日常的にオシャレをして出かけられる場所、用件を企画、創出することが新たなマーケットの創出につながるはずである。
 それを実現するには、現場を運営する人達の発想と具体的に対応できる事業構造の大幅な転換が必要になる。
 いま必要なことは、「これまでの常識」の陰に隠れて見えなかった多くの「ミスマッチ」を一つずつ洗い出すことであり、いろいろな分野から「王様は裸だ!」という声が上がることだろう。

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