第1回  はじめに 問題提起

スモールカンパニーのメリットを活かせ!
第1部 第1回 問題提起
■ はじめに    
小売業を経営する者がより大きな店、より多くの店舗、より大きな売上を目指すことは当然だろう。
我々は小売業が発展・成長する過程で、知らず知らずのうちに大きくなれば成功=優越感、小さなままだと不成功=劣等感、という価値観を身につけている。
確かに大型店・超大型店舗の出店は力ある企業の証であるし、店舗数の大台乗せ(100店舗以上)、売上規模の大台乗せ(100億円、1000億円、1兆円など)が企業成功の証であることは誰の目にも明らかである。
また、我々の意識の深層にあるこのような価値観、優越感や劣等感が多くの企業・業態発展の原動力となってきたことも否めない事実である。
しかし、そのような価値観、優越感や劣等感によって本来のアルベキ姿が歪められ、間違った方向へ進んでいったケースも数多くあることを忘れてはならない。
これまでに、いつくもの大きくなりすぎた企業が破綻し、数え切れないほどの小さな企業が挫折、消失している。これらの企業が進むべき方向を誤ったのは、ある意味では過度のコンプレックス(superiority complex 優越コンプレックス, 優越複合 《自分が他人より優れているという潜在観念;inferiority complex 劣等コンプレックス, 劣等感New College English-Japanese Dictionary, 6th edition (C) Kenkyusha Ltd. 1967,1994,1998)の結果であったような気がする。
ここでは、我々が経験してきた小売業発展の歴史を見直し、もう一度小売業というものを冷静にとらえることで、我々の進むべき方向を見出していこうと考えている。
テーマは「規模を唯一絶対の基準としない多様な価値観による小売業の再生(小売業ルネッサンス)」である。

1.出店に見られる現象
①店舗規模
あるドラッグストアの経営者に「今度、新店を出すことになった」と小声で耳打ちされたことがある。なぜ小声で耳打ちなのかというと「ドラッグストア業界では150坪でないとドラッグストアではないという雰囲気がある。
今では300坪の店舗を中心に展開する企業もあるし、中には1000坪を越えるメガドラッグストアもある。そのような時代に新しく出すのは40坪程度の小型店なので、皆にはあまり聞かれたくない、という。
大きい店であれば胸が張れ、小さな店だとコソコソしなければならないというのでは、業態という概念など全く意味を持たない。どのような店舗をつくるのかは、投資回収、経費・利益構造、立地戦略や商品戦略など企業としての政策、戦略に関する問題である。

あるHCでは、これまでに経験のない大型店をたて続けに出店した。中には4000坪を超える店舗もある。既存店が1000坪~2000坪であることを考えると驚異的な出店の仕方である。企業全体の売上高が飛躍的に伸びたことは言うまでもない。
大型店を出店することは、それだけの規模の店舗をつくることができる、品揃えができるという企業力の証であり、内外にその力を誇示すことになる。
しかし、実際に蓋を開けてみれば、当初予定していた売上には程遠く、新店の経常赤字が企業全体の足を引っ張っている。
マネジメント、オペレーション、取引先構成、物流など企業インフラの大幅な変更を伴う出店を安易に考えれば、その代償は大きい。企業の力を超えた出店は、既存店ではカバーしきれないほどのリスクを孕んでいる。

②店舗数
ある時、別のドラッグストアの経営者に新店の相談を受けたことがある。
以前に何回か店を出したことがあるが、今は店舗を整理して一店舗だけである。今の店は順調だが、どうしてももう一店舗出したいという。
一店舗しか持たない企業が現在のような環境下で新店を出すリスクを考えれば、現在の店舗に対して追加投資をする方がはるかに安全で効率がよい。倉庫を売場に変更するなど可能な限り増床し、壁面の什器を目いっぱい高くすれば実質的な売場面積、ゴンドラ本数はかなり増やすことができる。人員を増強することで売上を2~3割上げることができれば、経常利益はおそらく2~3倍にはなるだろう。わざわざリスクを犯して固定費を2倍(2店舗分)に増やす代償として2倍の経常利益を得るよりは、一店舗のままで(人を増やしても固定費はせいぜい2~3割アップで済むはずである)経常利益を上げる方が、はるかにリスクも低く、効率がよい。
また、売上規模が大きく、経常利益の高い店舗をつくりあげることができれば、何と言っても競争に対して絶対的な強さを発揮する。販売員が多ければ、さまざまなレベルで競合店と差別化を図ることが可能になる。価格競争に関しても、経常利益が高ければ原資にゆとりがある分、選択肢は広い。
しかし、結果的には出店し、一年も立たずに撤退してしまった。

店をたくさんつくることが経営者の夢であり、目標である以上、このような失敗は繰り返される。
経済環境(低成長)、消費者の状況(少子高齢化、失業率の高どまり)、競争状況(類似店舗によるオーバーストア)、小売業の経費・利益構造(高い損益分岐点と高い固定費率;売上が下がればすぐに赤字になるが、売上を上げさえすれば利益は容易に倍加する)、…..。さまざまな視点から総合的に判断することは、ある意味ではこれまで漠然と抱いてきた経営者の夢を具体的に修正することであり、目標とそれを達成するための手段を論理的に設定し直すことである。

2.規模に関する価値観、判断基準
店舗が小さいと劣っていて大きいと優れている。店舗数が少ないと劣っていてたくさんあると優れている。売上規模が小さいと劣っていて大きいと優れている。
我国の小売業では、長い間マスメリット、スケールメリットと大きいことのよさばかりが喧伝されてきた。そのため、売上高、店舗数、店舗面積など規模的優位性ばかりが偏重され、あたかも企業、経営者に対する唯一絶対の評価尺度のようになってしまっている。しかし、規模の大きいことが必ずしも総てにおいて優れているわけではない。
規模拡大のための出店競争、大型店の開発競争など昔から変わらぬ手法がいつまでも幅を利かせているが、一方ではインターネットオークションが数千億円の規模にまでなっている。すでに商品売買の場は店舗という形態を抜け出して多様化している。目に見えない競争相手「通販(テレビ、カタログ、℮コマースなど)」はすでに百貨店の売上規模に迫る勢いで伸びている。
いつまでも昔のままの価値観が通用する時代ではない。
一方、CVSのように30年経っても店舗を大きくせずに成長し続けている業態もある。SMのように大型化の失敗から適正規模を模索して小型化を始めている業態もある。
昨今はスーパーセンターばかりがマスコミを騒がせているが、例えスーパーセンターといえども総ての消費者の総てのニーズ・ウォンツに応えられるわけではない。その証拠にアメリカでは、スーパーセンターの広域商圏、低来店頻度の隙間を埋めるべく中小型業態の開発(盛んに開発をしているのはウォルマート、ホームデポなど大型業態を展開する企業)が盛んである。

店舗の立地、大きさ、提供する商品・サービスの内容・質、店舗数などが変われば消費者にとって店舗の意味、使い方は大きく変わる。業態の分化である。
店舗形態が違えば経営に必要となる考え方やスキルも変わる。特に現在のように似たような品揃えの似たような店舗ばかりが溢れる時代には「店の特徴」や「他店にはない魅力」など「近い」「安い」以外の「店を選ぶ理由」がひじょうに重要な意味を持つ。
お客の側には何でも大きければよいという偏った価値観はない。大切なことは、お客のニーズ・ウォンツを満たしてくれることである。衰退していったGMSを反面教師とすれば、我々が向かうべき方向は、単なる大型化、規模的拡大でないことは容易に理解できるだろう。

3.小さいことのメリットを見直そう
小規模であるが故に特徴があり、お客に支持されてきた店舗がいつしか大型店と同じ志向をし、同じ手法を取り入れて、ありふれた ただ大きいだけの店舗に変わってしまうことはまことに残念である。
少ない店数だからこそできたことを、多店舗化することで犠牲にする場合も多い。
本来のよさ=自社・自店の持ち味を犠牲にしてまで、特長のないただの大きな店、ただ大きいだけの企業を志向することには何の意味もない。一兆円規模の企業が破綻する時代に大きいことが必ずしも安定や安全の証にはならない。
規模に関係なく、特長を確立し、強みとして発揮する術を持たない企業が生き延びることは難しい。
すでに「最大の企業よりも最良の企業」と言われてから久しい。
マスメリット、スケールメリットだけではなく、マスデメリット、スケールデメリットもあるということを理解し、逆に小さいことのメリットも理解することができるようになれば、「店舗規模・形態に応じて特長を活かせるさまざまなタイプの経営=本当の意味での業態分化・業態確立」というものも理解できるようになるだろう。
改めて自分に合った居心地のよい自分サイズ=リーズナブル(納得できる・理にかなった)で特長を活かせる適正規模を考える必要があるだろう。
目指す業態が明確になっていれば、それを維持するために頑なに守らなければならない規模というものも見えてくるはずである。
それが可能になった時、規模的優位性だけを目標とするのではない、新たな成長、発展が始まるはずである。

今後、スモールメリットを活かすための実践的な研究会も企画している。
新しい時代を切り開いてきたのは、いつの時代でも小さな企業であったことを考えればこれからの時代をになえる研究会にしていきたい。

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