第11回 小さな企業だからこそできること

1.こうしちゃおられん
 学校法人産業能率大学の創始者であり、我国の経営コンサルタント第1号でもある上野陽一氏の言葉に『こうしちゃおられん』というものがある。
 科学的に物事を見ることができるようになると、それまで見えていなかったさまざまなことがよく見えるようになる。世の中にたくさんあるおかしなことが嫌でも見えてしまうから『こうしちゃおられん』ということになる。
 現在もまた『こうしちゃおられん』状態がたくさんある時代である。
 ある経済誌が少子高齢化・人口減少は日本にとってチャンスであるという特集を組んでいた。給料は上がるし、企業収益も上がる。消費は活性化して日本経済は復活するということである。
 ことの真偽はともかくとして、これまでの延長線上には答えがないだろうから、大変な時代であることだけは確かである。
(1)『こうしちゃおられん』から どうせならジタバタしよう
 どんな企業でも業績が悪化すると何もしないでジッと止まってしまうか、ただ闇雲に動き回るかのどちらかである。どちらのケースも『理に適ったやり方』とは言いがたいが、どうせなかなか答えが見つからないのであれば、筆者はジタバタする方がよいと考えている。どんなに分からなくても、分からないなりに動き回れば動いた範囲内で分かることもある。やって意味があることとないことが少しずつでも分かってくれば、次につなげるヒントにもなる。
①やってはいけないこと(negative list)の発見
 あるドラッグストアでは何年にも渡ってDM(ダイレクトメール)を使って得意客対象に割引セールを行い、効果を上げてきた。しかし、近年の動きを見ると特売の事前告知は買い控えを招き、特売でのまとめ買いが特売後の低迷を招くようになってきた。
 売上の高い山(年々小さくなっている)の前後に深い谷ができ、山と前後の谷を均してみると何もしないのと変わらず、むしろ悪化していると言ってもよい状況である。
さらに特売を組むことで確実に粗利率は低下し、結局経費を使って忙しいおもいをし、業績を悪化させているだけ、ということが分かった。
 過去に何社かのデータを分析したことがあるが、大手総合スーパーがカード会員を対象にして行う特招会もまったく同様のことが言える。
 冷静に評価することさえできれば、やってはいけないことを見つけることができる。
これまで『よいと思ってやっていたこと』あるいは『当り前と思ってやっていたこと』の中から『やってはいけないこと(negative list)』を発見することができれば、それは一つの大きな前進である。

②やって効果のあることの発見
 ある小型の食品スーパーでは食パン、玉子、牛乳の3アイテムを他店の日替わり価格と同程度の価格で毎日売るようにしている。いわゆるEDLP(everyday low price)ということになるのだが、いろいろ試してみると通しのチラシ価格程度に中途半端に安くしても、来店の動機付けとしてはほとんどインパクトがないということが分かってきた。
 他店と差別化を図り、明らかに来店の動機付けとなるようにするには『日替わり価格』というのがEDLPの一つの目安になるようである。
 『とにかく安ければよい』という思い込み(あるいは風潮)から何でも安く値付けする企業は多い。しかし、単に価格を安くしても売り上げが伸びるわけでもない、客数が増えるわけでもない、ただ粗利率を下げ、単価を下げているだけ、というケースは多い。
 そういえば、以前取材に行った時にバイヤー経験もあるという食品スーパーのベテラン店長がこういうことを教えてくれた。
『いろいろな商品について、いろいろと価格をいじって販売したことがあるが、一番効率がいいのは68円か78円である。それ以上安くしても数量がそれほど伸びないから売上は上がらない。それ以上高いと数量が伸びないからやはり売上が上がらない。ちょうどいいのが68円、78円くらいの価格である。』
 小売業にとって経験的に知っているということの強さは何物にも替え難い。ただ頭で考えているだけでは分からないことも目の前で結果として確認した事実はさまざまなことに応用できる。

③ジタバタしよう
 売れないで困っている店の人間には、困ってばかりいないでジタバタするように言うことにしている。ところが、売れない店の人間に限ってジタバタできないことの方が多いから困ったものである。普段から売れない状況に慣れ親しんでくると、売れないことが当り前だから『ジタバタしろ!』と言われてもどこから手をつけてよいか分からない。何をジタバタしたらよいのか分からない。
a.一番初めにやることは陳列替えである。売りたい商品を決め、目立つように大量に並べる。他の売場とは一目見て違うように変える。目立つ売場をつくるには、それ以外の売場を目立たなくする必要がある。POPも同様である。
 身体を動かすには『陳列替え』がいい。頻繁に『陳列替え』をしていると何か仕事をしているような気分になってくる。皆が身体を動かしているだけで活気が出てきたような錯覚を起こす。売場をいじっている時には不思議とお客の買上げ率も高くなる傾向にある。売れない商品を引っ張り出して処分し、よく売れる商品を前に出してフェイスを拡大すれば少しは売上も変わってくる。
b.次は何でもいいから声を出す。売れない店はお客が来ても『いらっしゃいませ』一つ言えないケースが多い。まずは『いらっしゃいませ』と大きな声で言うことから始める。
 人間は腹から大きな声を出すと身体がシャキッとする。自然と動きもキビキビしてくる。
 『いらっしゃいませ』が言えるようになったら、次は本日のお買い得品を大きな声で案内する。それもできるようになったら店頭に出て呼び込みをする。店頭でタイムサービスをやるのもいい。
 ここまで来ると売場の雰囲気も随分変わってくる。
c.身体を動かし、声も出るようになったら、次はいろいろな商品を安く売ってみる。
 何でもいいから安くしてみると『安くして売れる商品』と『安くしても売れない商品』があることが分かってくる。いろいろな商品をいろいろな価格で売ってみると商品と価格の関係が分かってくる。
 『安くして売れる商品』もいくらの時に最もよく売れるのか分かってくれば、価格設定の仕方が変わる。
 ジタバタすることで、それまで見えなかった売場のことが見えてくるし、それまで分からなかったお客の反応が分かってくる。何もしなければ、いつまで経っても何も見えない、分からないことが分かるようになるのだから効果は大きい。

(2)ジタバタしながら精度を上げる
 指導先のある企業、客数は毎年減り続け、各店の売上はピーク時の半分にまで減っている。売上低迷が長く続くとそのような状況(前年実績割れ)に慣れてしまい、皆が諦めてしまっている。売上が悪くてもおかしいと思わないからエネルギーも湧いてこない。しかし、ジタバタしながら2年、3年と経つと売場も大きく変わってくる。売上が下げ止ったとは言い切れないが、売上の中身も大きく変わっている。
 まだ声が出るところまでは行っていないが、社員の動き方は変わってきた。
小さな店だからアイテム数を増やし、専門店らしくする、という方向で動いている。
 『一番の間違いは、小さな店が量販店を志向し、量販店の経営手法を取り入れたことだ』と気付いてからの変化は早い。
とにかく、はじめは売場を直すことからスタートである。身体が動くようになるまでは売場を徹底して直す。商品も入れ替える。売り方も変えれば、陳列方法もPOPも変える。『近い』『安い』しか来店理由のない店は競争力がないから、近くに店ができればお客を取られる。近くに安売りをする店ができればお客はもう来ない。
 したがって、ジタバタしながら『近い』『安い』以外の来店理由=『他店にはない専門性』を創り上げる必要がある。
 今では他店で扱いのない商品も徐々に増えている。POPも工夫している。個々の商品に日本酒や焼酎の専門店がやっているのと同様な説明POPを取り付けている。
お客に詳細な専門情報を提供するのと同時に滞店時間を長くするのが狙いである。
買い物に時間をかけることで商品購入に意味=重みを持たせる。さらにコンビニエンスストアの雑誌と同様にお客がたくさんいる店=入りやすい店をつくり出す仕掛けでもある。これらのことができた時には確実にお客との関係が変わるはずである。
 売場再生のためのジタバタは、たくさん時間をかけて精度を上げるしかない。どんなに時間がかかっても(時間がかかるからこそ)5年、10年、20年とジタバタを続ければその時点で追いかけてくる企業はなくなる。

 4歳から60年もエレキギターを弾き続けているという寺内タケシが60年間ギターを弾いてきてたった一つだけ分かったことがあると言っていた。
 『ギターは弾かなきゃ音が出ない』 まさに真理である。まず音が出なくては上手いも下手もない。スタートすることである。
 時間をかけてやるべきことをやり続ければいつしかやり方も上手くなるし、精度も上がる。店をつくり、商品を安く売るだけで商売が成り立つと安易に思ったことが間違いである。
 このように見てみると、日本中、アチコチで『こうしちゃおられん』状態がたくさんある。
 まずは、小さな企業だからこそできるジタバタを実践することからスタートである。

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