第7回  小さな企業のメリット-1

1. 個人商店と企業の構造的な違い
(1) 一つのシミュレーション
 例えば、60代の夫婦が薬店をやっていると仮定する。夫が薬剤師、妻は薬種商である。店舗は自宅を兼ね、ローンの返済も終了している。子供は既に独立している。
 この夫婦の生活=薬店の経営は、いったい、いくらの売上があれば成り立つだろうか。
 すでに、ローンが終わり、子供も独立していることを考えれば夫婦二人の収入は1000万円も必要としない。住んでいる地域にもよるが、600~800万円もあったら十分だろう。店舗はそれほど大きくもなく、医薬品、衛生用品など高粗利商品が中心になるから、粗利率は25%、どんなに低く見積もっても20%以上確保できる。
 経費は、照明などの電気代と包装用品、POPなどの販促媒体、用度品など販売費が多少かかるくらいである。月10~20万円もみれば十分である。
 このようなケースであれば、粗利額のほとんどは夫婦の収入と考えてもよいだろう。
 この条件から、年商を算出してみると次のようになる。
 粗利率20%で年収600万円とすると年商は3000万円、月10~20万円の経費を加えたとしても一ヶ月当り260~270万円程度の売上があれば成り立つ。客単価1000円とすると一日当り100人の客があればよいことになる。
 同条件で年収800万円なら年商4000万円(経費を加えた月商は約350万円)である。もし、粗利率が25%あれば、さらに年商は少なくてすむ。年収600万円で年商2400万円(同 月商約220万円)、年収800万円で年商3200万円(同 月商約290万円)である。
 現在、この売上規模で経営が成り立つドラッグストアは存在しない。このケースの年商金額が月商(つまり年商に換算すると2~3億円)にならないと企業が経営するドラッグストアは成り立たない。
 ペットショップなどを見ても、一時期のブームで参入した多くの企業が挫折、撤退していったのに対し、昔から続けてきた個人商店はしっかりと生き残っている。
 長年培ってきた地域との密着度、経験と専門知識、それ以外にも上記のような経営の構造的違いは大きな差となって現れる。

(2) 小売業の構造的特徴
 売上が伸びている限り、多少の投資をし、経費がかかっても企業の経営は成り立ってきた。しかし、競争が激しくなり、思ったように売上の伸張も見込めなくなると小売業特有の利益/経費構造が裏目に出てくる。
 『損益分岐点が高く、経費が固定費的に発生する』ため、売上が一定規模を超えて伸び続ける限り、利益は級数的に伸び続けるが、一度売上が落ち込むとすぐに赤字に転落する、という売上偏重型の利益/経費構造である。

 コンビニエンスストアが高い利益を出している理由も実はこんなところにある。
フランチャイズのチェーン本部とチェーンを構成する店舗(フランチャイジー)の間には直接的な資本関係がない。あくまでも契約関係によってさまざまな経営ノウハウを提供しているにすぎない。
 直接店舗運営に当る膨大な数の従業員もフランチャイズのチェーン本部とは関係ない。当然、社会保険などは関係ないし、必要となる教育も自社のコスト負担(支出)ではなく、ロイヤリティーという形の売上(収入)として計上できる。
 もし、全ての店舗を直営として運営しようとすればコストは膨大なものとなり、経営は成り立たない。経費構造が全く異なる個人商店を組織化したからこそ成り立つ経営システムである。

2. 環境変化がもたらす企業規模・店舗規模の有利、不利
(1) 環境変化
 以前から言い続けているように、我国は極端な少子高齢化から今後100年以上に渡り急激な人口減少に向かう。
 この環境変化は大型店、大型企業よりも小型店、小型企業に有利に働くと考えられる。

①我国の人口は、今年(2005年)か来年(2006年)に約12,780万人でピークを迎え、その後100年以上の長期に渡って減少し続ける。
『日本の将来推計人口(平成14年1月推計)』(国立社会保障・人口問題研究所  http://www.ipss.go.jp/ )によると20年後の2025年には約650万人減(年平均約33万人減)の121,136千人(中位 推計値)、2050年には約2700万人減(年平均60万人減)の100,593千人(同)、2100年にはおよそ半分(年平均68万人減)の64,137千人(同)になるという。
1年で鳥取県、7~8年で四国や北海道に相当する人口が減る計算である。
( 5年前の平成9年1月時点の推計値よりもはるかに減少のスピードは増している。平成14年1月の推計値も平成19年、平成24年と年を追うごとにさらに大きくマイナス方向に修正される可能性がある。)

②国土交通省が明らかにした資料では,人口の減少により2006年-2010年の新規宅地需要は2001年-2005年の3分の2まで減少し,5年間でおよそ1万ヘクタール(総宅地面積の約1%,東京ディズニーランドの120倍に相当)もの余剰が生じると予測している。
地価の下落により、地方に拡散(ドーナツ現象)していった人口は全国的規模で都市部へ集中(アンパン現象)し始めている。人口集中と過疎という状況は人口だけではなく、資金、物、情報、そして公共などあらゆる面での二極化を生み出す。
このような状況は市町村合併によってさらに加速されると考えてよいだろう。

③日本のほとんどの県で人口が減り、かつ高齢化が進む。
2000年の人口を100とした場合の2030年時点の人口推計では、70以上80未満が 2県、80以上90未満が28県、90以上100未満が13県である。
人口が増えると予測されたのは、わずかに東京都、神奈川県、滋賀県、沖縄県の4都県のみである。
市町村レベルで見ると、さらに状況は深刻である。全国的に見ると、たった30年の間に人口が半減すると推計された自治体はかなりの数に上る。
インターネットから簡単にダウンロードできるので、自社店舗が位置する自治体が将来どのように変化すると推計されているのかチェックしておくべきだろう。
(国立社会保障・人口問題研究所 日本の市区町村別将来推計人口平成15年12月推計
 http://www.ipss.go.jp/pp-shicyoson/j/shicyoson03/syosai/syosai.html )
撤退するのか、その地に残って地域活性化のために活動するのか。
状況を冷静にとらえ、正しい判断が求められる。

④商品販売額は、1997年147.7兆円でピークをつけ、その後2002年135.1兆円、2005年には128.9兆円まで減少する。一方、売場面積は1997年12,808万㎡から2002年14,062万㎡と増え続け、現在もなお増え続けている。
1,997年から2005年まで商品販売額が1割以上減っている(しかも、その間テレビ通販、電子商取引などが急速に伸びているので、店売りの減少は数値以上)にも関わらず、売場面積は逆に1割以上増加している。単純に考えても単位面積当たりの売上高は7~8割になる。

(2) 環境変化がもたらす規模的な有利、不利
 足元人口の減少と高齢化は我々の想像をはるかに超えた形で進むと考えられる。
また、無店舗販売への購買チャネルの変更は、これまでの店舗間、SC(ショッピングセンター)間のような目に見える競争とは全く異なる状況をつくり出す。
既に百貨店の売上を抜くといわれる無店舗販売への購買チャネル変更は、店舗側からは全く見えず、明確に認識することは不可能といってもよい。気づかないから、どんなに侵食されようと状況を放置するしかないし、何の抵抗もできない。
 このような環境変化に対しては、大規模企業、大規模店舗ほど対応が難しくなると考えられる。
 大規模店舗は、店舗を維持するのに必要となる売上規模が大きい(損益分岐点が高い)。一時期NSC(近隣型ショッピングセンター)中心に郊外への大型出店が相次いだが、今後のことを考えると地方に行けば行くほど人口減少が進み、売上の確保が難しくなる。
 大型化するのは、複合化することで競争力をつけ、商圏(=商圏人口)を拡大することが目的であるが、一方ではイニシャル・コスト、ランニング・コストも大きくかかる。
 もし、維持するために必要な売上規模が確保できなくなるほど足元人口が減れば、例え地域一番店であってもそこに留まることは経営的に難しくなる。
 環境変化は、結果的に小回りが利く小型企業、小型店舗に有利に働くと考えてよいだろう。特に個人商店のような経費構造を持つ店舗、楽天などのWeb上で成り立つ小型企業あるいは個人(電子商取引を行う業者)は、店舗を前提とした小売業者よりもはるかに低い損益分岐点=かなり少ない売上でも生き延びることができる。関連企業同士が連携(コラボレーション、企業間ネットワーク)を図るため、自社では大きな資本投下をしない。
 また、大規模企業、大規模店舗が何十年もの間につくり上げてしまった機械的にしか動けない現場(サラリーマン的社員、パート・アルバイト)とは異なり、小回りが利く小型企業、小型店舗は目的意識も明確であり、一寸したチャンスでも見逃さずに商売につなげていく(ただし、規模が小さいだけで大規模企業、大規模店舗と同様な体質になっている企業、店舗には難しい)。
 結果的に、小型企業、小型店舗は大型企業、大型店舗が環境変化に対して構造的に対応できず、自滅することで飛躍するチャンスを得るケースが出てくると考えられる。
 大型店調査などの結果を見れば明らかだが、100億円を超える店舗の中には単年度で10億円を超える減収を起こすケースが珍しくない。小型企業、小型店舗が十分に潤うことができる金額である。

 運さえ良ければ努力なしでも恩恵にあずかることは可能かもしれない。
しかし、あくまでも環境変化がもたらすものであるから、環境変化に適応し、何処にマーケットチャンスがあるのか、目ざとく、しかも機敏に動く必要がある。
 このような環境下で小型企業、小型店舗のよさはいくつもある。
まず、意思決定が迅速にできる。個別の状況に対して細かな対応も可能である。しかも現場の修正まで短時間でできる。さらに損益分岐点が低く、小規模でもペイすることができるから、細かな売上を積み上げることもできる。大規模企業、大規模店舗には絶対真似のできない領域である。

 冷静になって自分の周りを見直してみれば、大規模企業、大規模店舗の真似をして全く同じことをやっていることが数多くあるのではないだろうか。
また、上記のような視点から物事を見直してみれば、今まで気づかずに放置してきたマーケットチャンスも多々見えてくるのではないだろうか。
 そこが『新たな時代へのスタートライン』である。

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