第5回  なぜ、大きな企業がダメになっていったか-4

■なぜ、大きな企業がダメになっていったか-4   
―イノベーション(革新、刷新、一新)の停止とモチベーション(動機付け、刺激、やる気)の喪失―
1.巨大化に伴い組織に発生する問題点
(1)組織が巨大化することによって発生する構造的問題
意図的に組織を拡大することは少ない。組織が大きくなるのは、組織機能の拡充を目指した結果であり、多くの場合、必ずしも望んで大きくすることはない。
組織を細分化する目的は、機能拡充(機能的なモレ・重複の排除)、機能分化による役割分担の明確化と業務の専門化による業務の質的向上、言い換えれば組織の効率的、かつ安定的な運用の実現ある。
しかし、これまで数多くの事例が示すとおり、組織の巨大化に伴い官僚化、組織の硬直化などの弊害が発生する。企業にとって避けては通れない難問である。

さまざまなジャンルの業務について、一人の人間、あるいは一つの組織が一定以上のレベルで対応するには限界がある。
ビジネスが拡大し、直面するさまざまな状況に対して的確に対応をしようとすれば、業務/組織を細分化していくことは、いたって自然な進化の方向である。
業務/組織が分化する方向は、経営企画、財務、経理、総務、人事、教育、情報、商品、販売、物流、店舗開発、施設管理などの機能別、あるいは取扱う商品ジャンル別、営業拠点のエリア別、商品の仕入先・販売先別などさまざまである。
また、業務目的の確実な達成を目指せば、マネジメントサイクル=Plan、Do、See(あるいは管理のサイクル=Plan、Do、Check、Action)も重要な機能分化の一つの方向となる。
いずれにせよ一人の人間、あるいは一つの組織が対応可能な範囲内に業務を納めてオーバーフローをなくすこと、組織全体として機能的なモレや重複をなくし、バランスよく補完し合うシステム的な業務/組織を実現することが最終的な目的となる。
しかし、前述のように業務/組織が細分化することによって『縦割り組織の弊害』『官僚化』『組織の硬直化』などさまざまに表現される状況が発生する。
組織が細分化すると組織全体は確実に巨大化する。組織が細分化し、巨大化すると組織運用は細分化した以上に複雑なものとなる。
細分化し、役割分担して実施する業務は、いずれどこかの段階で統合していく必要がある。統合する際、個々に進めている業務の方向や結果がバラバラで整合性のないものでは統合できないため、分担しながらもその途中で何度も調整する必要がある。
タイミング的には、はじめの役割分担に関する調整、業務を分担して進めるプロセスでの調整、最終的に統合する際の調整などさまざまな段階での調整が必要になる。
いったいどのくらいの調整が必要になるのか、試しに計算してみると次のようになる。
一人で総ての業務を行うのであれば、インターフェイスの数はゼロである。一番原始的な状況であり、機能的には未分化であるため機能のモレや弱体の可能性は高い。しかし、自己完結しているために調整を必要としない。
2人で分担することによってはじめて2人の間に調整を必要とするインターフェイスが生じる。この時点でのインターフェイスの数は1つであり、機能的にはまだ未分化な状況である。3人の場合、インターフェイスの数は3となるが、細分化した数とインターフェイスの数が同じである。
4人からインターフェイスの数は級数的に増え始め、細分化した数を大きく上回る。4人では6、6人では15、8人では実に28ものインターフェイスが発生する。
組織の細分化とインターフェイスの構造的な関係である。
特にピラミッド組織が細分化すると組織の階層数が増えるため、細分化する組織の数自体が級数的に増える。インターフェイスの数は、それに輪を掛けて増えるために実質的にインターフェイスを無視した運用となる。『風通しが悪い』『セクショナリズム』『官僚的』などと表現される所以である。
ここで試算したのは、あくまでも役割分担をした場合のインターフェイスの数であり、実際の運営で必要となる調整の総数は、これらのインターフェイスの数に業務プロセス(時間的な流れ)の中で必要となる調整の数を掛けたものとなる。
組織の細分化によって、如何に組織運用が複雑なものとなるか理解できるだろう。
これらの調整を行うために、調整機関としてのミーティングや委員会、会議などが必要となるだけではなく、日常的に調整を行うための管理・監督者=中間管理者も必要になる。
このように組織機能を拡充しようとして組織の細分化を図ると、組織間を調整するための業務と人員が増え、組織全体を構成する要素(個別組織、人員)は膨れ上がる。
つまり、組織機能を拡充し、役割分担を行って業務を専門化することは、同時に組織目的とは直接的に関係のない、組織運営上の調整機関(業務/組織)、中間管理職という間接的な業務、人員を大量に生み出すことになる。
本来の意図とは別に、細分化するということが構造的に抱える問題点である。

(2) 組織の肥大化、複雑化に伴うイノベーションとモチベーションの喪失
店舗数が増え、企業が大きくなると、組織は巨大化し、運用はますます複雑になる。
人員は増え、インターフェイスは限りなく増加してコミュニケーションをはかることは困難になる。満足にコミュニケーションをはかることができなければ、組織目標を全体に徹底することは難しくなり、モチベーションを維持することも困難になる。
特にチェーンストアが、規模による市場支配を目指す限り、組織は際限なく肥大化する。自分の企業内にどのような部署があるのかも定かではなく、ましてどのような人が、どのような仕事をしているのかなど全く分からない状況が当たり前になる。
顔が見えない組織のコミュニケーションがまともに成立することはない。詳細な状況を伝えることも、微細なニュアンスを伝えることも、相手の状況を理解することも、もはや不可能である。
決定事項を速やかに伝達し、実行に移す手段はマニュアルに頼るしかない。
マニュアルでは原理原則を決め、個別の状況に対する判断=実態への応用は個々の現場に任せるのが通常である。しかし、肥大化し、無人格化した組織では、個別の状況までも詳細にマニュアルで規定し、マニュアルで総てを管理する。個別に状況判断することを止めるしか、組織を動かすことができなくなる。
人を介した組織運用は失われ、より機械的な組織運用へと向かわざるを得ない。
現実問題として現場で実行不可能なこと、有得ないことが書いてあっても一度マニュアルとしてオーソライズされてしまえば、組織の中ではそれが基準となって一人歩きする。
実態を反映しない、使えないマニュアルは現場から無視され、明らかにおかしな記載があっても皆が盲目的にそれに従う、などの現象が日常化する。
『組織の硬直化』と言ってしまえばそれまでだが、意思の疎通が図れない、顔の見えない無人格な組織に共通する現象は、信じられないような事態を引き起こす。
肥大化した組織、マニュアルによる組織運用は、多くの場合『意思表示しない人』『意思決定しない人』『責任を取らない人』ばかりをつくり出す。
時として、常識では全く考えられないようなおかしな意思決定も組織の決め事となって堂々と行われる。顔の見えない組織の無人格ゆえの暴走である。

2.イノベーション(革新、刷新、一新)の停止  管理者の保守化
意思表示しない人、意思決定しない人、責任を取らない人が増えると組織はイノベーション(革新、刷新、一新)することを忘れる。
最近では、プロ野球の球団所有が電鉄系企業中心からIT企業に変わり、またライブドアによるニッポン放送株の買占めが注目される中で『古い体質・価値観と自由奔放な現代風の価値観の対峙』ということが話題になっている。
本質的にはいずれも同じだろう。昔の成功体験、価値観はいずれ保守化してイノベーションを阻害する。
至る所に矛盾を抱えながらの組織運営が当たり前になると、組織を維持することだけが目的となり、自浄機能を失っていく。
以前、東京都が財政危機に面して組織改革を目指した時、組織改革のための会議を開くというだけで7つ、8つの印鑑を押す(承認を得る)必要があった、という。
POSを活用した単品管理で有名な総合スーパーの傘売場では、長傘の在庫の3割近くがダークグリーンで占められていた(売上構成比と全く合っていない)。
どんなに高度な情報システムを組み込んでも、結局それを使って実行に移すのは『人』である。おかしな状況が、誰にもチェックされずに放置されているのでは高度な情報システムも業績悪化を食い止めることはできない。
組織が自浄機能を失った時、組織が抱える問題は日常化し、改めて問題として認識されることがなくなる。我々がよく言う『何が問題か分からないのが問題』という状況である。
組織のあらゆる階層にいる管理・監督者は保守化し、形骸化したルーチン業務以外取り組もうとはしない。
組織全体の危機意識は薄れ、最悪の場合、トップマネジメント、ミドルマネジメント、ロワーマネジメント 総ての階層においてそのような傾向が見られるようになる。
競争の激化によって企業がダメージを受けるのとは異なり、『企業組織が内部から崩壊する』構図である。

店舗数が増え、企業規模が大きくなることは成功の証であり、決して否定すべきものではない。しかし、規模の拡大がもたらす構造的問題をよく理解し、それを克服する術を持たない限り、このような状況は必ず繰り返される。
歴史に学び、新たな歴史を創ろうとすれば『成功体験』が保守化を生み、企業組織を破滅させていくことを知るべきである。
イノベーションの停止とモチベーションの喪失は、多くの企業が規模の拡大に伴って経験する、避けては通れないテーマである。
知恵を勇気を持って対処する必要があるだろう。

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