たかがマニュアル、されどマニュアル ver.1

マニュアルとは何か、どう使い、何をしたいのか、その目的は、…?
マニュアルに関する本質的な理解ナシに、マニュアルに頼りすぎると現場に大きな混乱を招く。
昔、ある大手企業の人事担当者の研修でが「マニュアルは資格試験の前にしか見ることはない」「マニュアルを使おうと思えば、そのためのマニュアルが必要だ」と自嘲気味に話していたことを思い出す。
基本的な理解、使い方に関する明確な思想ナシに机上だけで考えて作るマニュアルは、多くの弊害をもたらす。

理由はいくつか考えられる。
一つは現場の実態を知らない人が机上の理屈だけでつくるマニュアルは、現場で実際に起こるか否かに関係なく、可能性を理屈だけで考えて作るから、10年に一度あるか無いかという事象でも可能性があれば記載する。
基本や原理原則ではなく、個別の事象を発生確率ではなく、可能性の有無だけでリストアップしていくから、使うことではなく、作ることを前提とした可能性だけの化け物のようなマニュアルが出来上がる。
もう一つのパターンは、作る人の自己満足、「マニュアル作り」という仕事をした完璧にこなしたという満足感を得るために百科事典のようなマニュアルを作ってしまうようなケースである。
つくることが目的の人にとって、アウトプットは精度が高く、誰の目から見ても素晴らしいと思える完璧なマニュアルがよいに決まっている。

しかし、売場のマニュアルを考える時、新人に正しいやり方を教え、スタッフのレベルを一定に保つ、常識として定着させると考えれば、基本に徹すればそれ以上は必要なく、正しいやり方が定着した段階でそのマニュアルの役目は終わる。
売場の実情=少ない人員・限られた時間で回していることを考えれば、如何に短時間で正しいやり方、判断が的確に行われるかが第一になる。当然、周辺の細々したことはいらないから、ド真ん中=最低限必要なことが直感的に分かるような表現、まとめ方で作られている方が良いに決まっている。

いろいろなマニュアルを見ていくと、大きく分けて二つのタイプがある。
一つは基本、原理原則だけに絞って、考え方、目的、方法、起こりうる主な不具合と原因、基本的な対処法がまとめられたものである。
いたって簡潔で分かりやすいが、基本から外れた個別の状況については、基本、原理原則に照らし合わせた上で、その都度臨機応変に判断・対応する必要がある。
ある程度OJTができ、スタッフの育成ができる環境を前提としていると言ってよいだろう。

一方、考えられるあらゆるケースについて、一つ一つ事細かに記載されたマニュアルがある。前述のマニュアルを使うためのマニュアルが必要といった類のマニュアルである。
ここには基本、原理原則はなく、全てが個別に起こりうるケースに対応している。したがって、全てについて答えが書いてあるので、現場では一切判断せず、決められた答え通りにやることが求められる。
その分、項目数、分量は増え、まさにマニュアルを使いこなすのに熟練が必要になる。

どちらが良いか、一概に判断することは難しいが、前者が基本、原理原則をベースに応用を繰り返すことで習熟していく可能性があるのに対し、後者では、はじめから独自に判断することを否定されているから機械的に終わる可能性が高い。慣れないと短時間に答えにたどり着けない可能性もあり、類似のケースで微妙に違うケースの場合などでは判断できずに返って混乱することも考えられる。

以前、ある企業で現場作業を観察し、状況を確認したことがあるが、そこではほとんどの人のやり方が自己流だった。マニュアルはあるというが、ある事すらも周知されておらず、あることは知っていても、どこにあるか分からない、見たことがないというスタッフが多かった。
問題は、勤務時間帯のずれによるスタッフ間のコミュニケーション不足だった。
休日、休憩時間などが交代制であるため、同じ店舗、同じ部門に所属していてもスタッフ同士が顔を合わせる機会は少ない。休憩時間に仕事の話をすることはなく、仕事中はそれぞれの担当業務に集中するから、分からないことがあっても相談するような時間が取れない。
気が付けば、いつの間にか、アチコチで自己流が横行し、現場のレベルは低下していく。

マニュアルは、ただ作って配布すればよいのではなく、環境整備を含めた使い方、それによって達成しようとする目的まで全てをシステム的に構築する必要がある。
たかがマニュアル、されどマニュアルである。

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